09 届かぬ手
王都カサレリア――
湖に囲まれた世界最大級の都市で、カサレリア騎士団の本拠地
切り立った崖の上に作られたこの都市に入るには、東西南北に架けられた橋を渡るしかない
今、その四つの橋のうち、西の橋を騎士の一団が渡っている
一団の先頭には、団章の付いたマントを風になびかせながら歩く、一人の男
その金髪の男は、門の前で停止の合図を出して止まった
「白帥騎士団だ 討伐の任務から帰還した」
男は凛とした態度で門番に言った
「はっ、お疲れさまです 開門!」
すると門の内側では二人の騎士が、開門用のハンドルを回す
大小様々な歯車が音を立てて噛み合い、見上げる程の巨大な白い門がゆっくりと開いていく
ある程度開いたところで門をくぐり、中に入ると再び重厚な門が閉じた
王都カサレリアは門と同じく四つの地域に分けられ、西部街は騎士達の住居が集まっている
男はそのまま街の中心にある、圧倒的な存在感で街を見下ろす王城へと向かった
一階の広間から《直通・玉座の間》と書かれた昇降機に乗る
昇降機を降り、通路を進めばそこはもう玉座の間だ
「陛下、魔物討伐の任務から帰還いたしました」
男は片膝をついて頭を下げる
「よく戻ったな、クオンよ」
「はっ」
「戻ったばかりで悪いのだが、新たな任務に就いてもらいたい コウマ頼む」
すると王の隣に立っていた初老の男が少し前に出てきた
男はコウマというこの国の大臣で、常に王の傍らにある側近だ
「先日、探していた《竜皇女》が見つかったのは知っているな?」
「はい」
「その時王都に護送する際に、賊の襲撃を受けたようだ 貴公には護送部隊と合流し護衛に加わってもらいたい」
「承知いたしました」
「では頼むぞ」
クオンは立ち上がり一礼して玉座の間を後にした
昇降機で広間に戻るとクオンを待っていた騎士がいた
「兄様、おかえりなさい」
「ただいま、シホ」
待っていたのはクオンの妹のシホ
彼女もまた騎士の一人として赤帥騎士団に所属している
二人は帰路の道すがら互いの近況報告をする
「任務はどうでしたか?」
「クリエンの周辺に出たという魔物の集団の討伐だ 楽な任務だったが最後にカオスが出てな、怪我人も出たよ」
「私達が調査していた遺跡にも出現しました」
「最近、目撃情報が増えたが、地震の後はさらに増えたな 二つは関連性があるのかもな」
そんなことを話しているうちに、二人の自宅に着いた
大きな門と頑丈な鉄柵に囲まれた家は、家と言うよりは屋敷のような大きさで、庭の中心しは噴水もある
クオンが門を開けて入っていく
クオン達の家は、代々一級の称号を持つ騎士を輩出してきた名家
彼らも将来を期待された身だ
「兄様はもうお休みに?」
「ああ 新たな任務が下ってな、明日には出なくてはならない」
「そうですか……朝にはお見送りいたします」
「ありがとう じゃあおやすみ」
「おやすみなさい」
その頃ハテノタウンを出発したタツキ達は、王都への道を順調に進み、一日目の目的地である《ルーベンス》に到着していた
「あー、疲れたぁ」
宿の部屋に着くなりスオウがベッドに倒れこんだ
「スオウ、まだ半分も来てないぞ」
「ぼくは師匠とは違うんですよ」
そう言いながらスオウは起き上がる
「なぁコウランさん、ヒメノを連れてった連中はどんな奴なんだ?」
「ん、あれはな……」
コウランは部屋の壁に貼ってあった世界地図をはずして机に広げた
「あれは倭国独特の《忍》という戦闘集団だ」
コウランは地図の端にある小さな島国を指差した
倭国は世界に二つとない独自の文化を発展させてきた国で、中でも《侍》や《忍》はカサレリア騎士団にも劣らない戦力を有している
「おそらく金で雇われたのだろう」
「なるほど」
(確かにあの時の動きは只者じゃなかったな)
「そういえば師匠、忍の連中はこの街通ったんでしょうか?」
王都へ行くには多くの場合、街道沿いにあるこの街を通る
森の中を通る旧街道は魔物が出るうえ、街がないため、今では使われなくなった
「うむ、そうだな スオウ、聞き込みしてこい」
(やっぱり言わなきゃよかった)
スオウがしぶしぶ出ていった後、タツキはふと形見の剣を眺めていた
鞘や柄の部分には、謎の文字が全体に彫られている
(この文字どこかで見たような……)
柄を握り力を込めるが強い力で押さえられているかのように、いくらやっても抜けそうにない
(ぬ、抜けない……)
それを見ていたコウランは、剣を取るとまじまじとその文字を覗き込んだ
「読めるんですか?」
「いや、読めるわけではないが、どうやら《竜刻語》……ドラゴンロアーと呼ばれる物だな」
「へぇー、でもなんで抜けないんですかね?」
「おそらく結界が張られているんだろう」
剣を返すと、コウランは何か考え込んでいるようだった
(《エンフリーデ》……運命の子、《ロウルス》……息子 やはりタツキなのだな)
思いに耽っていたコウランの耳に、バタバタと階段を上がってくる音が聞こえてきた
壊しそうな程の勢いでドアを開け、帰ってきたスオウは激しく息を切らし、変に興奮しているようだ
「スオウ、どうした?」
スオウの慌て様に驚いたが、冷静に声をかけた
「怪しい白服の男二人と!女の子が!たった今!船で港を出たって!」
気が付くと形見の剣を握り締め、先程のスオウを超える勢いで部屋を飛び出していた
宿で休んでいる間に、ヒメノ達は海へ出てしまったのだ
(街に着いてすぐ探していれば……!)
のしかかる重い後悔を背負いながらも、飛び出した足は決して止まることなく、港へ走る
「おい兄ちゃん!船はもうないぞ!?」
係員の声も聞かず、ゲートを飛び越え港に入った時には、船は沖数百メートルにあった
(ヒメノ……くそっ!)
立ち尽くすタツキを後悔の念はさらに重く、押し潰そうとする
船は徐々に見えなくなる
そこへコウランとスオウが追い付いた
「間に合わなかった!」
スオウはタツキと並び遠ざかる船を見つめ、コウランは係員に船の行き先を聞いていた
目に映るあの船に、ヒメノが乗っている
伸ばした届かぬ手は、虚しく空を掴むしかなかった