06 去りゆく静かなる星の大海
居候している部屋を出て階段を下りていくと、道場から声が聞こえてきた
「ヒメノか、早いな」
道場に入ると一心不乱に拳を突き出すヒメノの姿があった
あれから一週間、心配された骨にも異常はなくヒメノは稽古が出来るまで回復している
「あ、兄貴 おはよ」
「あぁ、おはよ」
「そうだ、久しぶりに相手してよ」
「今日は大将の所に行くんだ いいのが出来たからって ごめんな」
「ちぇー」
ヒメノは服の袖で汗を拭き、残念そうに言った
道場から少し離れた所に、この町の代名詞である大きな鍛冶屋通りがある
ここで作られた武器防具は最上級とされ、世界中で需要があるのだ
タツキご用達の鍛冶屋もその通りある
「おはよー、大将ー?」
店の中に入ると、剣や槍、鎧が所狭しと並べなれている
どれもこれも一目見れば、高い性能を持っていることがわかる
「大将ー?おーい」
タツキの呼び掛けにも反応はない
辺りを探していると、奥の方からなにやら音が聞こえてきた
カウンターの横にある扉を開け、一度外に出てさらに正面の扉を開ける
扉の上には《炉室》と書いてあった
「大将?いる?」
そう言ってゆっくり扉を開けると、中からものすごい熱気が溢れだしてきた
「あっつ……」
一瞬躊躇したものの、覚悟を決めて中に入る
激しい熱と火の粉の中で、赤と言うよりは夕日のように熱くなった鉄を何度もハンマーで叩いている
その度に火花が散っている
タツキが来たことにも気付かず、ハンマーを振り下ろすこの男が《大将》である
「大将!」
「ん?おお、タツキ!いつ来た?」
「さっきからいたよ」
「さっきから?そうかぁ、すまんすまん」
立ち上がった大将はまるで壁のようだった
腕は丸太のように太く体は無駄のない締まった体をしている
白髪の交じった髪を後ろで縛り、もみあげとヒゲが繋がっている
「聞いたぞ、ヒメを守ったって?よくやった!」
大きな手でタツキの頭を掴み、ワシワシとなでた
(ち、ちぢむ……)
「た、大将?それよりアレ出来たの?」
「おお、そうだった」
そう言うと大将は壁にかけてあった一本の剣を持って来た
タツキが使っているものより、一回り小さいものだ
「ほれ、これだ」
タツキは剣を受け取ると、一度大将の顔を見る
大将が小さくうなずく
そして少しだけ剣を抜くと、窓から入る光が反射して、タツキの顔が照らされる
「自信作だ」
その声を聞き、一気に鞘から引き抜いた
「これが……」
光輝く刀身は剣先に向かうほど、独特の曲線をもち、片刃の剣だった
「どうだ?倭国の剣を真似てみたんだが」
「へー、倭国の剣か」
「切れ味は保障するぞ」
「ありがとう、大将!」
剣を鞘に収めると左手に持ち、店を後にした
その頃には、通りの店はほとんど開店し、傭兵や商人などでにぎわっている
タツキは寄り道することなく道場へ帰っていく
「ん?あれは……」
その途中、歩くスピードがゆるんだ
視線の先には、建物の壁に寄り掛かる、白髪で黒い服の女性がいた
腰には剣を下げている
「町の人じゃないな 傭兵かな」
しかしタツキは知っているような、会ったことがあるような不思議な感じがしていた
「あれ?」
タツキの前を数人が通り過ぎると、その女性はいなかった
見間違いかと思いながら再び歩きだした
「ただいまぁっと」
道場に戻るとすでに生徒達が集まっていて、稽古の準備をしていた
「あ、兄貴 大将のとこで何してきたの?」
「ん、ちょっと両手出してみな」
ヒメノは首をかしげながらも、言われた通り両手をだす
「誕生日、おめでとう」
後ろに隠していた剣をヒメノの手に乗せた
「……誕生日?」
「お前、今日で十六だろ?約束通り大将の剣だぞ」
「え……えぇぇぇ!?」
驚きながらも口は笑っている
十六才の誕生日に大将の剣をプレゼントする、とゆう約束をしていたのだ
ヒメノは自分の誕生日をすっかり忘れていた
「そのサイズならお前でも使い易いだろ……って聞いてないな」
ヒメノは目を輝かせていろんな角度から食い入るように、剣を眺めている
「これはおれが部屋に置いとくから ほら、稽古始まるぞ」
「あ、うん 兄貴ありがと!」
笑顔でそう言うと、足取りも軽く稽古に向かった
「こいつを使うようなことがなきゃいいけどな」
―――――――――
その日の夜――
町を重苦しい暗やみが包む中、町の中心にそびえる時計塔
その先に白く輝く満月がきた時、突然人影が浮かび上がった
そのシルエットを見ると、あの白髪の女性のようだ
「時間がない、もうすぐ始まってしまう」
そう……この時すでにこの世界には、あまり時間が残されていなかったのだ
もうすぐ《終わり》が始まろうとしていた
―――――――――
(なんだ、この感じ……何かが来る……?)
同じ日の休憩中タツキは、外に出るなり妙な違和感を感じていた
なにかがベタベタとまとわり付くような、嫌な予感がしていた
その嫌な予感を残したまま、夜を迎えた
「……」
眠れないタツキは屋根に上がり、いつもと変わらない星空を見上げていた
静かに広がる星の海をもってしても、タツキの心を鎮める事は出来ない
「なんだよ、この感じは……くそっ」
その時、タツキを包んでいた月光に突然影が落ちた
さっと振り返ったタツキは、目を見開いて硬直する
さっきまで誰もいなかった場所に、誰かが立っていた
「ようやく見つけたぞ」
「な、なに……?」
顔を見ようとするが、満月を背にしているため見ることは出来ない
声の主はさらに話を続ける
「間もなく……"終わりが始まる"」
「終わり?始まる?」
「おぬしなら、止めることが出来る 《真血》のおぬしなら」
「《真血》?あんた何を言って……」
タツキの言葉を遮るように突風が吹いた
顔を上げた時には人影は姿を消し、静かな夜に戻っていた
(間もなくだ……)