04 「ありがと」
ルクス遺跡――
《四竜伝説》の時代からあるとされる、古の遺跡の一つ
周りをうそっうとした森に囲まれ、遺跡の頂上部分だけ顔を出している
普段は静かなこの森も今日は様子が違う
地響きと共に森の一角から土煙が上がった
驚いた鳥達が逃げるように一斉に飛び立つ
「あそか……」
ヒメノは木の上に登り煙の上がった方を見ている
そして腰に下げた剣を握り締め、木から飛び降り走りだした
二時間前、この森に狩りに来ていたハンターが撃ち殺した魔物
運悪くカオスの因子を持っていたこの魔物は、トップクラスのパワーを持つ《サイクロプス》へ変異を遂げた
その一撃は人間一人など苦もなく吹き飛ばす
「こいつを倒して、兄貴に認めさせる!」
ヒメノは無謀にも、木々を薙ぎ倒しながら進むカオスの目の前に飛び出した
「かかってこい!」
両手で剣を構え叫ぶヒメノをカオスはゆっくりと見下ろした
ヒメノが剣を握る手に力を込めた時、カオスの巨大な拳が真横から襲う
とっさに後ろに飛び直撃は避けたが、風圧で数メートル飛ばされ、地面を滑った
なんとか手をつき素早く起き上がる
「なんの、これくらい」
一気に間合いを詰め、戻りの遅い腕に乗り跳ねるように背中に登った
右手の剣を逆手に持ちかえ、高々と振り上げると……
「これならどうだ!」
そう叫びサイクロプスの背中に剣を突き立てた
「オオオォォォ!」
刀身が半分ほど刺さった所から血が吹き出した サイクロプスはヒメノを振り落とそうと激しく体を揺らす
「うわっ!」
ヒメノは剣にしがみつき、落とされまいと必死にふんばっている
だがサイクロプスはさらに体を揺らし続ける
ヒメノは耐え切れず、握った手を離してしまった
そして背中から地面に落ちた
「うっ!」
なんとか起き上がろうとするが、背中を強打したため呼吸がままならず咳き込んでいる
そこに痛みにもがくサイクロプスの腕が飛んできた
「まずっ……」
ヒメノの体をものすごい衝撃が襲った
体は軽々と宙を飛び、さらに木に激突して止まった
「う……あ……」
地面に落ちて痛みと苦しみでうずくまる
口からしたたり落ちる血が、地面に点々と赤い模様をつける
(体が、動かない……やっぱアタシには倒せない……?兄貴には追い付けない……?)
どうにか体を起こし、木に寄り掛かり座った
呼吸が荒く、体は依然として動かない
落ち着きを取り戻したサイクロプスが、背中に刺さった剣を抜き、ゆっくりと近づいてくる
そしてヒメノの目の前で立ち止まり、攻撃モーションに入った
(兄貴……)
心の中で、自然と兄を呼んだ
ドスンッと音がした
続いてサイクロプスの叫び声
自分が生きていることに驚きながら顔をあげた
ヒメノの目に映ったものは、右腕をおさえもがくサイクロプスと右腕の先、そして地面に刺さっている見慣れた一本の剣
(これって、まさか……)
「大丈夫か?ヒメノ」
聞き慣れた声
怒る様子もなく、ただただ妹の身を心配する、優しい兄の声だ
「兄貴……なんで」
「なんでじゃないよ全く どんだけ心配したと思ってんだ」
タツキはヒメノに背を向けたまま、剣を引き抜いた
「動けるか?ちょっと下がってろ」
「うん」
「お、えらく素直だな」
「うるさい」
左腕が、折れてはいないがヒビは入っているかもしれない
他にも体中に痛みが走るが、木に片手をつき立ち上がった
「隠れてろ、すぐ終わるから」
「……うん」
(すぐ終わる)
兄に追い付き、追い越したいと思う妹にとって、その言葉は兄との力の差を再確認させるものだった
ヒメノは少し離れた大きな岩の陰に移動した
するとそこに、タツキの後を追って来た道場の師範がやってきた
「ヒメノ、大丈夫か!?」
「師範……アタシは大丈夫です それより兄貴は……」
「心配ない 今あいつは怒ってるからな」
タツキは片手で剣を持ち、ゆっくり歩き出した
目が合ったサイクロプスは、一歩後ずさる
「この森は、子供の頃よく二人で遊んだんだ」
タツキが一歩近づく度に、サイクロプスは一歩遠ざかる
森がざわついている
あまりの殺気に森全体が震えているかのようだ
「おれ達にとって大切な場所なんだよ」
その言葉、その眼差しから、込み上げてくる怒りが伝わる
ヤケにでもなったのかサイクロプスが握った拳を振り下ろした
激しい衝撃のその直後サイクロプスの残った左腕が吹き飛んだ
傷口を押さえる腕はもう残されていない
奥歯がガチガチ音を立てる
「おれが恐いのか?ならその恐怖を頭に叩き込んだままぁ!消えろ!」
タツキは剣を斜めに振りぬき、サイクロプスの体を斬り裂いた
サイクロプスの体は白く色を変え、崩れた
「あれが、兄貴……?」
ヒメノの目に映っている兄の姿は、自分の知っている兄ではなかった
兄が強いのは知っている
周りの人間とは明らかに違う、異質な強さ
だが目の前で見たその強さは予想を超えていた
「大丈夫か?ヒメノ」
そう言って手を差し伸べる兄は、いつもの兄に戻っていた
ヒメノは差し伸べられた手を握る
「大丈夫……ありがと」