ミントキャンディ
授業中のことだ。
隣の席に優等生で学級委員長の貴人がいる。
そいつの口に、透明なキャンディが入っていた。
学校にお菓子は持ってきちゃいけない。
しかも授業中に食べるなんて、極悪だ。
貴人は眼鏡に黒髪で、とても真面目そうだから叱る側だと思っていた。
休み時間に、トイレで貴人と出くわした。
俺とそいつ以外誰もトイレにいなかったから、聞いてみた。
「さっきの授業中、飴なめてたろ」
貴人は全く動揺しなかった。
口の両端を吊り上げて、微笑した。
「よく分かったね。あげる」
ポケットからミントキャンディを取り出して、俺にくれた。
「僕と同じやつ」
「でも、どうして授業中に舐めてたんだ」
「冒険かな」
「冒険って?」
「やってみれば分かるよ」
帰りに、貰った飴を舐めた。
「すうすうする」
一緒に帰っていた、友達のヒロが
「どーしたんだよ。いきなり」
と、茶化すように言った。
「風が、すうすうするなぁーって」
「そうだね」
キャンディのことは秘密にしておきたかった。
次の日、朝自分の席に座ると、机の中に何か入っていた。
ちりちりした手触りからして、飴だ。
ぞくっとする。これで共犯になれる。
震える手でそれを握り締め、ポッケに移す。
トイレの中で、キャンディを口に入れる。
ミントキャンディだ。
包み紙をバレないように捨てよう。
便器の中に放り込もうと包み紙を見たら、小さな紙が貼ってある。
そこには貴人の名前と、メルアド が書いてあった。
「先生に見つかったらアウトだろコレ。これも冒険なのか」
一時間目は歴史だ。
いつもなら退屈で眠くなる。
でも今日は違う。
悪いことをしているゾクゾク感で、それどころじゃない。
冒険って、このことか。
俺は貴人をちらりと見た。
目がばっちり合った。
奴は悟ったように微笑した。
あいつには全て分かっている。どきどきする。
貴人は、ほんの少し口を開けた。
キャンディが見えた気がする。
完全に共犯だ。怖かった。でも、きっとまた繰り返すだろう。
帰宅して携帯から貴人へメールしてみる。
とりあえず本名と挨拶を送ったら、忘れたころに返信があった。
『タカトでーす。ヨロシク~(^_^)冒険、面白いでしょ☆やめらんないね!ww』
おいおい優等生!何だその口調は。
寒気がする・・・。
貴人にもうメールは送らないと決心した。
寝ようとしたら、また届いてきた。
『またあげるから!楽しみにしてちょんまげ~☆ww』
こいつとは普通に話そう。
ゾッとするぜ。
それから毎日、机の中にミントキャンディが一粒入っている。
退屈な日々に戻るのが嫌で、俺はそれを舐め続けた。
「ドキドキする」と、俺は呟く。
「ね、面白いでしょ」と、貴人は小声で返す。
注意できない弱気な先生の授業だから、生徒はしゃべり放題だ。
そんなクラスを見渡した貴人は
「僕らは罪を重ねて大人になる」
と呟く。
「それ、何の本のセリフ?」
「分かんない」
しかし、困ったことが起こった。
次の授業は音楽だ。
リコーダーを使うし、歌わないといけない。
飴はどうしよう。
トイレに入って考える。
トイレに流して捨ててしまおうか。
噛み砕くには、まだ粒が大きい。
考えた末に、丸呑みした。
でも、問題はこれだけじゃない。
歌っていると、口がミントの香りだと気づかれそうだ。
対策として、流しで五回うがいをした。
音楽の時間は、問題無く過ぎたかのように思えた。
「何かお前、最近いい匂いすんな」
ヒロが気づきかけている。
「そう?歯磨き粉変えたからかな」
「なあるへそー」
ヒロは納得したらしく、それ以上その話はしなかった。
友が牙をむく、これが戦国の世か。
体育も、飴を舐めながら運動なんて無理だ。
また飴を丸呑みした。
今日はサッカーだ。匂いでバレやすそうだ。
うがいをしようとした。
しかし、ヒロに連行されてしまったので、出来なかった。
他の友達と騒いでいるうちに、授業が始まる。
体育の先生は、鬼教師の権田だ。
ばれたら即アウトになる。
ポジション決めの時、俺はゴールキーパーに立候補した。
キーパーなら、あまり動かなくて、人と近づかないから、匂いもばれにくい。
「へぇ~珍しいな。キーパーやりたいなんて」
友達の堀田は言った。
「たまにはやってみようと思って。誰もやんないから困るだろ」
「気が利くな!」
遠くで俺を見ていた貴人が、微笑していた。
お見通しなのか。
試合が始まる。
敵チームの貴人も、ゴールキーパーをしていた。
考えることは同じだったようだ。
飴の秘密にドキドキして、一週間が過ぎた。
そろそろ高校受験で忙しくなってきた。
机の中を探るが、ミントキャンディは入っていない。
貴人は志望校の受験日が近いので、学校を休んで家で勉強しているそうだ。
愚痴のメールがちょいちょい届く。
卒業遠足も受験日と重なっていたので、貴人はいなかった。
俺は奴がくれたのと同じミントキャンディを買って、ずっと舐めていた。
貴人は今頃試験中だろう。頑張れよ。
卒業式の日は、机の中にミントキャンディが入っていた。
卒業式も飴を舐めた。
飴が無くなった途端、全部終わるんだと思った。
泣けなかった。
思い出は、飴みたいに消えるんだろうか。
また飴を舐めれば思い出せるだろう。
最後に貴人を見たのは、卒業式後の廊下だった。
すれ違ったとき、ミントの香りがした。
互いに何も言わなかった。
それが、俺たち流のさよならだった。
ミントキャンディは、今もお前のポッケに入っているんだろうか。
そう思いつつ俺は、今日もミントキャンディを舐めた。