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6 隊長・レバンチェック

 綺麗なモノと考えていた。

 もしくは、可愛らしいモノを想像していた。


 国王と同様の、一国の《顔》となるのだ。

 数多の民の頂点たる王の隣に立ち、次なる国王となる子の母として、この国の民たちの母として。

 《国母》と呼ばれ慕われ敬われるに相応しい『モノ』を思い(えが)いていた。


 しかし、その期待は無慈悲に砕かれた。


 あれ(・・)は、何だ?

 何故、笑顔ひとつ浮かべぬ仮面のような無表情の少女が。

 何故、凡庸としか言えぬ(かんばせ)の、その身に纏う空気さえ他人(ひと)一人引きつけぬ月並みなのか。


 こんな《モノ》は認めない。


 五年前に国王となった主君の前に現れた幼子の、他人より際立ったところひとつ見付けられぬその容姿に、落胆は怒りに変わった。


 あんなモノが、大切な主君の正式な伴侶になるなど。

 

 グレンダートの傍に控えながら、己の主君であるグレンダートの真向かいに立つ子供をいっそ切り捨ててしまいたい凶暴な衝動が湧く。


 このような《モノ》が、自らの命と忠誠を捧げた国王・グレンダートの正妃になる事が決定している現実(じじつ)に唾棄してしまいたい。


 外見に夢見過ぎていた事も、期待し過ぎていた事も、所詮は身勝手な願望のみでしかないと理性では解っている。


 けれど、その子供(モノ)表情(いろ)のなさは、感情を持たぬただの人形にしか見えず。

 まして、それの父親が誰かと考えれば瞬時に嫌悪が生まれ、しかしそれを(おもて)に出すようなマネはしないまま、ただその《モノ》をいっそ憎んでいるかのような心中(しんちゅう)で凝視した。





 ああ、こんな傀儡のような子供(モノ)が、正妃となるのか。

 こんな傀儡に、グレンダートへ忠誠を誓ったように、忠誠を誓い捧げるようにならなければならないのか。




 認めない。

 こんな《傀儡の娘》を。






 


 一体、誰が認めるというのだ。

 夫という名の伴侶であるはずの国王本人ですら認めない正妃など。















 後宮と王宮を繋ぐ回廊は全部で二つ。

 その中でも、国王が居を構える《白銀宮》と繋がる第三回廊を眺める事の出来る一角で、レバンチェックは人を待っていた。


 本来、王宮と後宮を繋ぐ回廊など容易に眺められるものではないが、生粋の王族たちの警護を(しゅ)とした精鋭揃いの親衛隊に属している者たちは、後宮を除けばこの王城内で出入りが極端に制限されている場所はない。

 王族の誰に付く事になるかで、各場所への出入り制限が決定され、国王や正妃の寝室へさえ、緊急事態には入室する事が許されている。


 男子禁制の後宮も国王本人の許可さえあれば結局のところ出入り可能なのだ。

 そして、後宮の中で唯一例外中の例外が、正妃とその正妃が生んだ子供たちの居住区となる《暁宮(あかつきのみや)》だ。


 精鋭揃いの親衛隊員に、女性騎士は僅かに三人。

 その三人全てが現在、太王太后陛下付きとなっており、またいつの時代にも女性騎士がいるとは限らない事から、《暁宮》にのみ正妃とその子たちである王族付きの者達が警護の為に出入りを許される。


 そんな理由から《暁宮》は後宮内にあって独立した居住区として扱われた為に、《暁の間》と呼ばれた正妃の居室はいつの頃からか《暁宮》と名を変えていた。

 親衛隊の者たちが出入りするのを除けば、他の規則や禁止事項は後宮本来のものとまったく変わらない。


 そして王族を守護する親衛隊の中でも、隊長という肩書きを持つレバンチェックは血統貴族第二位のメリレンチェ公爵を父に持つ生粋の貴族であり、一度(ひとたび)戦や内乱でも起これば一軍を率いる三大将軍の一人でもある。


 出自に関係なく精鋭揃いで構成される王城の守護警備兵たる近衛師団の中で、卓越した実力者の貴族出身者で占められるのが王族警護をするのが親衛隊だった。


 王族の傍仕えでもある以上、他国の要人たちとも接する機会は当然多い。

 その為、親衛隊の騎士となった者達は幼い頃から礼法を身につけた貴族の出身者に限られている。

 貴族であり礼法を身につけているのならば、剣の腕は実力主義である為、親衛隊となるのに例え下位の貴族であろうが没落寸前であろうが問題ではない。


 むしろ、そのような貴族であればある程御家復興の為とばかりに剣の腕に磨きを掛け、優雅な礼法を徹底的に身につける。

 そんな人間は、下手な貴族たちを親衛隊とするよりも、純粋な精鋭となるのからだ。


 不意にレバンチェックは己の視界に入ったモノに声を掛けていた。


「ラグ」

 

 振り返った人物が、その柔和な顔立ちを更に綻ばせた柔らかさでこちらに小走りに遣って来る。


「隊長。今日は非番ではなかったのですか?」

「そんなものは返上だ。今は王宮だけでなく後宮すら少々騒がしいからな」

「ああ、確かに騒がしいですよね」


 緊張を伴う浮き足立った騒がしさは、どうにも隠しようがなく、王城全体に広がっている。

 血統貴族筆頭という、現王朝が開かれてから数百年。

 現王家と同じく国で一番古き歴史と血を連綿と続けていたセイィータ公爵家の、その当主の突然の死。

 

 すでに逝去した昨日の内に、その訃報は国内外へ報された。

 王宮内では、筆頭貴族の死を悼んではいるが、それは形ばかりの空気であって、本来形式に(のっと)った喪に服す儀礼などは一切執り行われない。


 そんなところに、国王派のセイィータ公爵家に対する確執が窺える。


「それよりも、ここで会ったのは好都合だ。ラグ、現在のお前の任を解く。暫くは太王太后陛下付きとする。詳しい話は、レオンに訊け」


 レバンチェックは当然のように言った。

 だが、言われた当人の顔が一瞬その柔和さの中に鋭利を浮かべたが、頭に思い(えが)く《理想の国王夫婦》という像に意識を取られていたレバンチェックは気付かないまま、目の前の青年を見遣る。


 ラグアル=セッシャは、騎士の中の騎士として全騎士と全兵士たちの頂点に立つレバンチェックも認める剣の腕の持ち主だ。


 子爵家の三男ではあるが、没落貴族でもある。

 下手に貴族の称号を持つが故に、通常の民たちとは違う底辺にいた青年はだからこそか。

 その剣の腕のみで騎士たちの憧れである少数精鋭の親衛隊員となった。


 そんなラグという愛称で呼ばれる青年に、レバンチェックは憐憫の眼差しを向けた。


 親衛隊が守護する王族は現在、僅かに三人。

 現国王のグレンダートとその祖母である太王太后陛下。

 そして、正妃・アリア。


 本来、最低でも五人の親衛隊員が正妃を常に守護すべきだが、専属としてラグのみが正妃付きとなっていた。

 親衛隊員の中で、もっとも入隊時期が遅かったというのが正妃付きに選ばれた理由である。


 そのラグが専属に決まったのは四年前。

 五年前にアリアが正妃になると同時にその警護を命じられていた五人の隊員は国王の正妃に対する冷遇を見て、警護の任をすでに辞していた。


 レバンチェックは常々、この柔和な顔立ちの、けれど剣の腕が六十人いる親衛隊員の中でも十の指に入る実力者であるラグが正妃専属である事を惜しんでいた。


 しかし、正妃付きを志願する者はいない。

 上からの命令とあれば、誰もが従うだろうが、結局正妃・アリアを真剣に命を掛けて守ろうと思う程には誰一人として忠誠など捧げはしないのだ。


 今まで言いたかった命令を漸く(くだ)せた事にレバンチェックは安堵した。


(あんな女の(もと)になど宝の持ち腐れだ)


 ラグの実力を評価し、それと共に己の大切な親衛隊員がたった一人といえども正妃の傍にいる事が、そしてその正妃を守護する事が心の奥底から許せなかった。


 国王・グレンダートの乳兄弟として育った時からレバンチェックにとって、己の命と忠誠はグレンダートのものであり、グレンダートの為ならばこの手を幾らでも汚す事を躊躇わない。


 全てを捧げる主君の最も目障りな人間。

 

 先代国王を傀儡のように裏で操っていたと言われるセイィータ公爵。

 そして、その娘である正妃となった女。


 どちらもが厭わしい。


「隊長。それは陛下の意思でもあるのですか?」

「そうだ」


 何故、問うのか。

 それがレバンチェックには純粋に解らない。


 そんなこちらにラグが眉尻を下げた。


「アリア様の警護は今後、どうなるのですか?」

「何だ。お前が気に掛ける程でもないだろう。近日中に知らされる事だが、今の正妃は廃位が決まっている。次の正妃が誰か、聞かずともお前とて解っているだろう」

「…………」


 それに言葉も首肯もなかったが、無言を同意とレバンチェックは受け取った。

 

 実際のところ、現在正妃という地位にいる女を真実《国王の妃(はんりょ)》と認めている人間は殆どいないのだ。


 今、この国にいる《眷属》

 グレンダートがこよなく溺愛している娘は、その容姿や性格をみても十分に国王の隣に堂々と立つのに相応しい娘なのだ。


 水と緑を齎す《眷属》。

 その娘が現れてから、如実にこの国の緑は増えている。


 レバンチェックは、グレンダートに紹介された娘を思い出し、知らず笑みを浮かべていた。

 グレンダートに寵愛されるに相応しい娘を、レバンチェックもまた慈しみたいと素直に思う。


「……それが、――――――――」


 《眷属》の娘をふと思い出していたレバンチェックの耳にラグの呟きが届く。

 けれど、はっきりと聞き取れなかったレバンチェックは「ラグ?」と名前を呼んだが、相手はにっこりと笑顔を向けている。


 レバンチェックは違和感を覚えた。

 けれど、それが何に対しての違和感なのか当然のように解らない。


 解らないからこそ何かを問い掛けようとした時、青年の目がこちらの肩越しに背後を見た。

 だから、反射的にレバンチェックも背後を見る為に振り返った。


 そこに待ち合わせていた父の姿を認める。


「それでは、オレはここで」

「ラグ…ッ」


 現れた父に意識を奪われた僅かの間。断りひとつで青年が踵を返す。

 名前を呼んだが、明確な理由があって呼んだ訳ではない。


 立ち去っていく部下の背中に、胃の腑の底が嫌にひやりとする。


「レバン、待たせたか?」

「……いえ」


 己をひやりとさせたのが何か。

 意識を結局切り替えて、レバンチェックは父親を見た。

 父であり現メリレンチェ公爵・イヴァンレーンは歩みを止めず、レバンチェックを促し連れ立って目的地へ進む。


 第三回廊を横目に、国王の居室がある《白銀宮》の厳重な警備の中、迷いない決然とした足取りで歩いた。


 徐々に、国王の居室が近付く。

 王族の親衛隊隊長であるレバンチェックは、当然国王・グレンダート付きである。

 グレンダートの予定は全て把握していて、今時分居室にいるのを知っている。


「レバン。お前の考えは変わらないな?」


 目的地に近付いている最中、不意のようにして父親が問うて来た。

 確認の疑問に(今更……)と、レバンチェックは怪訝に眉ねを寄せる。


「現正妃の廃位は決定。それと同時に《眷属》を新たな正妃に。それに反対する理由など誰にもないでしょう?親父殿とて、頼まれていた後見人を辞退するのでしょうが」


 自然と咎める口調になった。

 父親が、そんなレバンチェックへ感情の窺えない視線を向けて来るのに、ここでもラグアルという青年に覚えたのと同じ胃の臓の底に冷たさを覚えた。


 何かを掛け違えているのか?――――無意識にそう己に内心で問うた。


「レバン。私は後見人にはならんよ。例え何があろうとな」


 レバンチェックにとっては疎ましい限りのセイィータ公爵と、この隣を歩く父は懇意にしていたのを知っている。


 だがそれも結局は、血統貴族の中でも筆頭と第二位という上位故の柵を持つ貴族の付き合いだとレバンチェックは思っていた。


 事実、この父は今まさにセイィータ公爵の頼みを一度は聞き入れながら、その死と共に反故にしてしまうのだ。


 レバンチェック自身が、身寄りのない《眷属》の後見人になると告げた時、父であるメリレンチェ公爵は反対ひとつせず、ただ一度頷いた。


 だからこそ、セイィータ公爵の娘である正妃・アリアの後見人にならないよう言えば、「なるつもりはない」と即答された。


 その()のない返事に、セイィータ公爵との付き合いは本当に親しい者としての付き合いではないと改めて感じたのだ。


「親父殿とて、国王陛下に真実相応しいのは《眷属》であるミオしかいないと解っているはずだ。まして、グレンダートとミオは相思相愛。これ以上の理想的な正妃はいない」


 それは、一種妄信めいた断言となり、そしてその力強い断言に隠れた危険性を解っていない。


 物心つく頃からレバンチェックにとって、グレンダートという人間が全てなのだ。


 故にレバンチェックは、己の中に《理想》を(えが)き。

 その《理想》を《現実》とする(すべ)を模索し。

 そうして、《完璧》を求めた。


 レバンチェックの《理想》という《完璧》な現実世界に、今の正妃は相応しくない。


 初めて見た正妃の幼き日の(かんばせ)が不意に脳裏にと甦り、激しい拒絶と嫌悪が湧く。


「…………あんな《モノ》絶対に認めない」

 

 目の前に全てを捧げた国王・グレンダートの居室の扉があった。


 扉を軽く叩く父親の姿を横目に見て、レバンチェックは唇を歪めた。


 今からメリレンチェ公爵は、現正妃の後見人にはならない事を告げ、その息子である自分は新たなる正妃の後見人となる事を国王へと告げる。


 メリレンチェ公爵家は血統貴族筆頭となるだろう。


 没落していくセイィータ公爵に救いの手は何処からも差し伸べられない。

 それに愉悦を覚えながら、レバンチェックは開いた扉の向こうを見遣る。


 そこにいるのは、レバンチェックにとってたった一人の大切な主君。


(グレンダート……。お前の為なら俺は何だってしてやる)



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