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2 国王・グレンダート

 "これ"が己の妻となり、妃となり、次代の王の母・国母となるのだと。


 初めて紹介された時の事を正直、グレンダートは殆ど覚えてはいなかった。


 十二歳で王族男子として成人扱いされる年、セイィータ公爵に連れられて目の前に現れた子供は、5歳という幼さしかグレンダートに印象を残さなかった。


 まして、父王を影で操っていたと言われるセイィータ公爵おとこの娘だ。

 まともに眼を向ける事もなく、当たり障りのない紹介と挨拶だけを交わした初顔合わせから十一年。

 婚姻を挙げる儀式の只中で二度目の顔合わせをした。


 その時、初めてグレンダートはまともにセイィータ公爵の長女・アリアの顔形を見た。


 そして、思ったのは(色のない女だ)という事。


 感情的にも、女という性別的にも、様々な意味合いで『色』を持たない娘だと思ったのだ。


 噂程度には耳には入っていた。


 感情のない、仮面のような面をした《人形姫》

 他者が操るには過分にも適した感の強い、生きた人形。


 己には疎ましいばかりのセイィータ公爵にとって、そのような娘は都合が良かった事だろう。

 唯々諾々と、父親に言われるまま生きているさまが思い浮かび、グレンダートは婚姻の最中にも関わらず、嫌悪感に塗れた吐き気を覚えたものだ。


 焦げ茶色の髪に焦げ茶色の目。

 目を引くような際立った美しさのない、何処か凡庸とした空気を纏っている女だった。

 

 見目の美しい者たちを、齢十三から後宮に召し抱えているグレンダートにしてみれば、アリアと名乗る花嫁は到底食指の動くような女ではなかった。


 まして、セイィータ公爵の娘だと思えば尚の事。

 《この》女に一筋の情さえ与えてはならないのだと、グレンダートは思った。


 己の父であり、先代の王だったギルリアード二世の体の弱さを理由にして、精力的に王宮内を牛耳り操っていたとされるセイィータ公爵。


 王太子時代、聡明とも言われていたはずの父が、何故セイィータ公爵ばかりを頼り、誰よりも真っ先に意見を訊き、そうして聞き入れていたのか。


 僅か七歳で王となったグレンダートには今だに理解出来ず、何故父王は、己の後見人として、そして己の正妃となる娘をセイィータ公爵の長女・アリアと指名し遺言としたのか。


 セイィータ公爵が血統貴族たちの筆頭だという権力の強さを理解は出来ても、後見人や正妃の父という立場を明確にする事が、集中的にセイィータ公爵の持つ権力を強固にし、王宮内外の安定していたバランスを崩すのは良い事ではないはずなのだ。


 過去の正妃たちの出自や後見人が齎す権力や利害を紐解けば、セイィータ公爵に娘がいたからと言って正妃に据えるにはあと数代は間を置いてこそ、国内外の政治的なバランスは強固に安定する。


 権力が一点に集中するのは、国が荒れる原因に容易になりやすい。


 そのせいもあって、グレンダートは正妃であるアリアに『情』というものを与えようとはしなかった。


 国王と正妃の不仲は、王宮内外に飛び火する。


 セイィータ公爵が持った権力などを削ぐには、皮肉にもこの政略的な婚姻は有効だった。


 事実、婚姻前まではセイィータ公爵に阿っていた貴族や商人たち、そして軍の関係者ですらセイィータ公爵から離れ出した。


 それでも、セイィータ公爵自身が持つカリスマ性は忌々しい事にグレンダートも認めていて、セイィータ公爵の元を離れない者たちもまた多く、そうして政治的バランスは危うさを持ちながらも保たれていた。




 そして、グレンダートは出会う。


 己にとっては《運命の女》だと、心から言葉強く断言出来る存在に。






 ……それは、確かにグレンダートにとって《運命の女》だった。











 いつものように執務室で仕事をしているグレンダートの元へ、慌しく男が飛び込んで来た。


 体躯も立派な男は、興奮した様子を隠そうともせず「おいっグレン!!」と声を掛ける。


「どうした?騒々しい」


 顔を上げたグレンダートは、幼い時から学友として長い付き合いのある男・レバンチェックを見た。

 年は二つ程上になる乳兄弟でもある。


 グレンダートが成人した年に、一般的な成人である十五で軍に入り、今ではグレンダートの筆頭騎士を務める親衛隊隊長でもある。

 元々、騒々しい男ではあるが、勤務時間帯にこうまで騒がしいのは珍しい。


 事実、室内にいた王佐・ジェネユースが柳眉を歪めた。


「セイィータ公爵が急死した」

「――――――――――」


 しかし、次に発せられた言葉に無言でレバンチェックの騒々しい来訪具合を咎めていたジェネユースは勿論の事、グレンダートもまた一瞬言葉を失くす程に驚き、けれどすぐさまそれは喜悦にと取って変わる。


「その話は――」

「事実だ。裏も取れている」


 ぬか喜びで終わらぬよう真偽を問うジェネユースの言葉に被せて、レバンチェックはグレンダートを真っ直ぐに見詰めて強く頷いた。


(邪魔者がいなくなった)


 正直、グレンダートの頭を掠める感想がそれだった。

 

 グレンダートにとって、邪魔で邪魔で仕方のなかった存在。

 特にそれを強く感じる人間は二人いて。

 その内の一人が死んだと、腹心が告げる。


「死因までは、はっきり調べがついていないが、外傷はひとつとしてなかったとの事だ」


 政敵とはっきり言えるセイィータ公爵の屋敷には、レバンチェックの息が掛かった間諜が長年潜り込んでいる。

 

 今まで、これといった弱みにも脅しにもなるようなモノなど何一つとして見つからなかったが、こうした知らせは隠匿される事なく、真っ先に耳に入る。


 グレンダートの頭の中を様々な思惑が駆け巡る。


 自然死であろうがなかろうが、死を隠される事以上にあからさまに他殺、それも暗殺を示唆するように国内外に広まるのは不味い。


 王族・貴族の突然死など特にそうだ。

 真偽など関係なく、多少のスキャンダルを必ず伴う。

 まして、セイィータ公爵と国王であるグレンダートは、ここ数年表立って対立していたようなものだったから尚の事。


 噂話の話題を囁かれる程度に提供するのは構わないが、その《死》を使って混乱を招かれるのは頂けない。


 未だ少なくはないセイィータ公爵の信望者たちに下手に動かれるのは不味く、水面下で虎視眈々と利権を狙う狸共に付け入る隙を与えても不味い。


 目まぐるしく、けれどすぐさま対策を練ったグレンダートは、セイィータ公爵の死を公表するよう告げ、そして国王派に不利にならない噂話を付属させるようにも命じた。


 セイィータ公爵の突然死は、心の臓の発作である事。

 しかし、「もしかしたら、毒を盛られたのかもしれない」という事。

 そして、毒を盛ったと影で噂されるだろう主役として、グレンダートが常日頃から目障りに思っている狸の中から数人名前を織り交ぜて数種類噂を流させる事。

 セイィータ公爵を表立ってではなく、裏で妬んでいた狸を選別する事。

 また、セイィータ公爵の死に因って得する者の名前も流す事。

 暗殺ではない、という噂もはっきり流させる事。


 ――――――など、幾つかの指示を出す。


 それらは、スキャンダルを好む者たちの瑣末な噂話程度としてとどめる事が最も重要だった。

 

 あからさま過ぎる他殺の示唆は頂けないが、噂話を囃す嘴を閉ざさせる事は出来ない。


 だからこそ、逆にそれを利用して、囀るばかりの人間の好奇心を満たし、かつ国王派に多大な疑念と不利を齎してならない。


 セイィータ公爵の死因の真偽がどうあれ、表立った政敵ともいえる自分たちを追い詰めるような噂話は徹底的に統制・操作しなければならず、今回など特に慎重に噂話をこちらの手で手綱を取り切らなくてはいけないのだ。


「公爵側の人間で、すでに動いている人間はいるか?」

「いいや、今はまだいない。側近の何人かが屋敷に呼ばれている最中だ。だが、すぐに動くのは目に見えている」


 「確かに」と、グレンダートは頷いた。


 グレンダートがセイィータ公爵を疎ましく思っていたのは公然の秘密だった。

 国外から付け入らせない為に、隙を埋めるが如く体外的には友好的ではあっても、セイィータ公爵の娘でありグレンダートの正妃であるはずのアリアの扱われ様を見れば、両者の仲など簡単に読めてしまえる。


 外交に関して、セイィータ公爵と手は組んでも、それ以外でグレンダートがセイィータ公爵やアリアに関して譲歩してみせた事はない。


 これで、グレンダートが国の頂点たる王として、力量不足なり、何やら人間的にも問題がある人物であったなら、セイィータ公爵も国王派から蔑ろにされるような事態にはならなかっただろう。


 齢七歳という幼さで国王となって数年ならいざ知らず、幼さを理由に支持サポートされる必要などない程に、国王としての資質をグレンダートは持ち得ていた。


 しかし、それは歴代の国王の中でも突出したものではなく、また愚を伴うような能無しでもなかった。

 

 それが結局、『王』としては平均的で平凡であるとグレンダートは気付いていない。


 勿論、国内外の問題を安定させたまま平時を保つ能力は、英雄や賢王になれずとも素晴らしく有能である事には間違いはない。


 また、グレンダートを補佐する周囲の人間の能力も高かった。


 けれど、それだけだ。


 国の安定を長期で保ち続ける才能は、英雄や賢王よりも賞賛されてしかるべき事であろう。


 しかし、そこに別の第三者がグレンダートたちの知らないところで深く関与し、国の安定を強固にしていた事を知らずにいたのは、グレンダートの愚かさだと。


 一体、誰が気付けただろう。


 グレンダートは、国内外で高評価されている若き王だ。

 その齢すら未知数を秘めていると思わせ、精力的に王として政務に取り組んでいる姿は周囲の人間を惹きつけるカリスマ性を見せている。


 また、グレンダートの政治手腕は国民に見える形で幾つもの結果を出しているのだ。


 故に、グレンダートに阿る者、周囲で働く者、王のもと生活する民人。

 様々な人々に、グレンダートにセイィータ公爵はいらないモノと思わせ、またグレンダート自身もセイィータ公爵という後見人などいらないと思わせてしまっていた。


 それは、グレンダートだけを愚かとは言わせては憐れであったろう。


 しかし、それはグレンダートが拒絶し否定し続け、の言葉を聞き入れようとはしなかったが故の結果だ。

 

 少しでも譲歩してみせれば、何か違っていたのだと。


 グレンダートは、己を深く後悔する日を知らず。


「それで、正妃はどうするつもりだ?」


 レバンチェックが問う声に、嘲笑めいた歪みを唇に浮かせ。


「あれとは当然、離縁する。所詮、お飾りの妃だとしても今後も正妃として据えておく必要などもうありはしないだろう」

「それでは、彼女が次の正妃でよろしいですね?」


 ジェネユースが確認する。


「愚問だ。まして、彼女は現在確認されている唯一の《眷属》だ。誰一人として文句は言わない」

「今まで正妃には、皆文句ばかりだったな」


 何故、アリアが正妃であるのか?


 などと。


 疑問ではなく、陰口として公然にも囁かれていたのは周知の事実だ。


「それでは、セイィータ公爵側の人間が何を画策しようと無駄になるよう速やかに正妃交代をしてみせましょう」

「ああ、誰にも抗議一つ言わせない」


 ジェネユースに、すがしい笑みを零し、グレンダートは愛しい女の姿を脳裏にえがいた。


 陽の光によって、時折薄っすらとした金に見える赤茶色の髪と、緑を湛える薄い色彩の目。

 可愛らしい顔立ちで常にグレンダートに微笑んでくれる娘。


 愛しさが胸に込み上げ、グレンダートの浮かべる笑みは自然深まっていった。 

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