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13 幕間・レオン


 

 陽が沈み始める頃合いに、そこここに明かりが灯され始める。

 だが、迫り来る夜の闇を退けるそれらに反して自ら闇にと足を踏み入れて動く男がいた。

 薄い闇が広がり、時を経ていずれは濃く深く染まる中。

 目指しているのは、|《暁宮》《あかつきのみや》。

 そこに住まう王妃の元。


 太王太后・リエルアナの筆頭騎士・レオンは息を潜めながら先を急いだ。

 筆頭騎士であるが故に、王宮後宮合わせた王城全てに張り巡らされている抜け道を把握している。

 勿論、王城を抜けた先の地理とて当然頭の中に鮮明に刻み込まれていた。


 筆頭騎士のみに口伝されているそれらを現在知っているのは、国王・太王太后の筆頭騎士に例外として《眷属》と言われる娘の筆頭騎士の三人のみ。

 

 その事実に、レオンは小さな角灯(ランタン)だけの明かりでは心許無い足元を、けれど気にせずに先を急いだ。行動出来る時間は限られている。

 レオン自身が動くには、筆頭騎士という職務が邪魔をするが、筆頭騎士だからこそ全ての抜け道を知っているのは幸いだろう。

 理由をつけて、太王太后から離れていられる僅かな時間で全てを成し遂げなくてはならない。

 後宮だけに留まらず、王宮内外に己の耳となり目となる《鼠》という駒を放っている太王太后の耳に、レオンの不審さは時を置かず伝わるはずだ。

 それら《鼠》の中でも、太王太后の手足となって暗部に動く者たちを《犬》と呼ぶ。

 (かれ)らは、自らの手を汚す事を厭わない程に太王太后にその身を捧げている。

 《鼠》らとてそれは同じだが、《犬》らの太王太后に対する妄信ぶりは一種の狂気だ。

 

 廃位され、離縁され、更にはこの後宮(おり)から放逐されるだろう王妃を、けれど太王太后はそれだけでは許さないだろう程に彼女を何故だか憎んでいる。

 その憎しみの根底をレオンは知らない。

 知らないが、太王太后の憎しみは躊躇いなく王妃の命に牙を向ける。


 それだけは、はっきりと知っていた。

 

 だからこそ、前に進める足を視界の悪さなどで躊躇ってはいけない。


 王妃とは名ばかりの彼女は、例え飾りであれど《王妃》としてはある意味理想的にその肩書きたる役目を全うしていた。

 役目の中、失点として挙げるならば、夫たる国王との間に子を成していない事。

 後宮の頂点として、その宮を掌握出来なかった事。

 

 これら二つは《王妃》として最も全うしなければならない役目ではあったが、お飾り(・・・・)である王妃としては、決して国庫を圧迫する悪女ではなかったし、外交関係者には好意的に評される位には、この国の体面を完璧に保っていた。


 内側では理想的な王妃ではなかったが、外側に向けては理想的な王妃だったのだ。

 例え、夫である国王本人に冷遇されていると知られていても。


 国王であるグレンダートが、アリアという王妃に対して、《王妃》としての役割をきちんと求めていれば、おそらく彼女は内外どちらでも《王妃》として結果を出していただろう。


 そう、評している人間は意外にも多かった。

 

 だが、最高権力者である国王自らが彼女を冷遇し、更には後宮を未だ牛耳る太王太后に憎まれている王妃が出来る事は制限され過ぎていた。

 グレンダートは《国王》として文官・武官たる臣下の大半をそれなりに掌握していたし、太王太后・リエルアナは老いて猶、その影響力が衰えた事はない。


 故に貴い血持つアリアの出自でさえ、最高権力者として確かに《力》持つ国王と太王太后の前では塵屑だ。


 先代国王・ギルリアード二世の信頼を一身に受け、右腕と称され、挙句には裏で国を動かしていた人物だと言われていたセイィータ公爵という政治的手腕優れた父を持っていようともだ。


 臣下の位置にあるレオンでさえ、アリアの王妃の資質は感じ取れた。

 外国の使節団を前にして、優美な所作と隙のない笑みを浮かべ、質疑応答に淀みなく答えた姿を幾度も垣間見た。

 言葉巧みな交渉に臆する事なく、決して自国に不利になる真似も言動も相手側に与えず、まるで流れる水のようにしてするりとかわしては、やんわりと丸め込み、時には遣り込めて。


 少しでも自国の有利にという外交目的の使節団の面々など、化かし合いにどっぷりと慣れ交渉に長けた人物たちの集まりだ。

 時折、ただ貴族としての体面故に肩書きだけは立派な無能者も混じりはしたが、使節団という集団に於いて丸ごと無能で構成される事はない。

 国の威信をも背負う彼らに、王妃・アリアの評判は概ね良好ではあった。


 けれど、それさえも国王や太王太后を筆頭にそれら周辺の人間は決して認めないのだ。

 国王に疎まれ、太王太后に睨まれる。

 それらが齎す影響力と先入観は、王妃・アリアを自国の臣下たちが認めようとはしない。

 感情持たぬ《人形》の、《王妃》としての資質など全ては父親であるセイィータ公爵が操っているに過ぎないと、心底信じているのだ。


 それを「愚かだ」と。

 

 レオンは思う。


 しかし、己の立ち位置に於いて、王妃を擁護する事も王妃の資質を進言する事も出来ない。

 仕事と割り切り、太王太后の筆頭騎士をしているが所詮は伯爵位に留まる一介の騎士。

 多数の狂信者を持つ太王太后を前にすれば、筆頭騎士という肩書きなど騎士としての実力と役割のみを求められているに過ぎず、過ぎた言葉など誰もレオンの口から出る事を望んでいない。


 国王も太王太后も王妃に関する献言などに耳を傾けはしない。


 本来、筆頭騎士が付けられるのは王族と呼ばれる者たちにのみ。

 それは王妃にであって、決して《眷属》の娘にではないのだ。

 国王に溺愛されている娘が《眷属》であるという希少性と神秘性を思えば、例外中の例外としなくても筆頭騎士が付けられるのにレオンは異存などなかっただろう。


 王妃に、その存在がいたならば。


 だが、現実に王妃につけられている騎士は、精鋭中の精鋭たちで構成される親衛隊の中でも十指に入る実力を持っていようと筆頭ではない。筆頭とは決して呼ばれない。

 筆頭には任じられはしなかった。

 故に、有事の際の抜け道など知らないのだ。

 挙句、王妃付きの騎士がたったの一人。


 レオンは、幾度目かの角を曲がりながら唇を噛む。

 すでに王妃に付けられていた唯一の騎士は、その任を解かれているという。

 臨時としてレオンの元に寄こされるとは聞いていたが、今のところその騎士がレオンを訪ねてはいない。だからといって王妃の元に未だいるかと問われれば否だ。

 親衛隊隊長であるレバンチェックと話して以後、その姿を見掛けた者はいないと聞いた時、レオンは激しい眩暈に襲われた。


 何という事だ―――胸中で洩らしたのは、苦渋に満ちた呻き。


 冷遇される王妃。

 誰一人味方のいない、その宮で一体誰がその身を守るというのだ。


 だからこそ、急ぐ。

 これが最初で最後の機会だろう。

 堅牢な後宮から助け出し、連れ出す事が出来るのは。

 そして、今夜を最大の好機と見ているのは、レオンだけではない。

 王妃に害なそうとする者たちも宴の開始と前後して動く。

 たけなわを迎える頃が特に好機だろう。

 人気がないのはここ数年知れ渡っている事だが、それ以上に守る騎士すらいないのだから。

 

 その騎士がいた時でさえ、幾度か《暁宮》に侵入した者たちはいた。

 その目的が王妃の命であれ貞操であれ、幾度も侵入を許し、そして強化されなかった警備体制が問題なのだ。


 レオンが把握していない事件もあっただろう事は簡単に想像がつく。

 誰しも、問題にはしない。

 王妃に迫る危機など。

 その事実が全てでなくとも、セイィータ公爵自身に伝わっていないはずはない。

 だが、実際セイィータ公爵が何かしら動いた様子はなかった。

 決してセイィータ公爵に介入されないよう、巧妙に事件が隠され続けていたのだとレオンは思う。


 最大の目障りであるセイィータ公爵はいなくなった。

 今宵、国王の正しき妃は、奇跡の具現であろう《眷属》の娘とされる。

 アリアは位を廃され、《眷属》の娘に宿ったという《国王の子》の存在が、祝福の嵐を更に呼び起こし、《暁宮》に残された彼女に何があろうと誰一人として歓喜する嵐に身を委ねて歯牙にも掛けない。


 黴と濁った空気が相俟って鼻孔の奥に不快さを纏わせる。

 人工の空気孔があるはずだが、停滞している空気は酷く淀んでいる。

 胸の奥に入り込む空気は異臭を伴っているから、そこから肉体が少しずつ浸食されるような錯覚さえ覚える。

 幾度目かの急な階段を上り下りし、幾つもの分岐点を違えず選びとって曲がり、角灯(ランタン)の火が目に見えない蟲に触れでもしたのか、ジジッと焼けた音を出して微かな異臭を放つ。

 湿った壁を空いている右手で何度となく撫で探った。そうして頭に叩き込んでいる記憶通りに《暁宮》のある一室に繋がる個所を見付けた。


 複雑に入り組んだ秘密の抜け道を通り、押し開いた向こう。

 角灯に照らされたのは、幾つもの布地。

 王妃の衣装類が収められた専用部屋だ。

 それらを押し退け、角灯を掲げて揺らす。

 王妃がいるとするなら寝室か居室だろう。

 狭い視界の中で、そこに続く扉を探す。

 

 そうして衣裳部屋を出たレオンはぎくりと足を止めた。

 部屋を出る前に辺りの気配を探ったはずだった。

 軍人として騎士として、従事した時間分培われた神経の網は、それなりに気配に敏感であったはずだ。

 だが、角灯の仄暗い視界の端に引っ掛かった二組の足元。

 角灯の火を消すなど、当然間に合うはずもない。

 己の存在を隠す事も出来ない。


 手にしている角灯が、レオンという存在をその足の持ち主たちに容易に知らせている。

 レオンは、腰に手を伸ばした。

 長年、己の手に馴染んだ剣をいつでも抜けるよう神経を張り詰めるが、そんなレオンの耳に小さな笑い声が入り込む。


「警戒心が強いのはいいが、お前の腕では何も出来ない。大人しく、その手を柄から離した方がいい」


 口調はからかいを含みながらも、硬質で冷たい。

 ひやりと項を撫で上げるような、そんな声音だ。

 足元から異様な怖気が這い上がって来る錯覚。


 声音ひとつで、無様にも動けないという醜態を晒す訳にはいかない。

 いや、醜態を晒したとしても目的の為に、それを遂げる為に、決して立ち止まってはならないのだ。


 ぐっと腹に力を入れ、奇妙な粟立つ己の体を叱責した。

 ここまで来て失敗する訳にはいかない。

 脳裏を過るのは、無邪気に笑っていた幼い娘。

 領軍の無骨な男たちに臆する事なく、笑い掛けていた娘。


「それを抜けば、それがこちらに届く前にお前の首は地に落ちるぞ」


 淡々とした声音が紡ぐ最悪の結末は、だがそれが真実だとレオンに悟らせた。

 警告は、決して上辺だけのものではなく、容易く現実になるだろう。

 それ程に、得体の知れない怖気をレオンの本能が嗅ぎ取っている。


 言葉に従って剣から手を離した。

 代わりのようにして、残る片手にある角灯(ランタン)を前に向けて大きく再び掲げる。


 瞬間。


 レオンは、息を飲んだ。

 ゆらりと、微かに動いた小さな炎に照らされて現れたのは筆舌にし難い鋭利な美貌の(ぬし)だった。

 

 頼りなく弱い灯りが陰影を刻む中、美貌の主が、ひたりとこちらを見遣っている。

 たったそれだけで心臓が嫌に激しく鳴った。

 息をするのも苦しくなる程の威圧をも感じる。


 額のみならず、全身にぶわりと汗が噴き出して喉が異様に渇き、眼球の奥が熱い。

 気道がぎゅうっと狭まった。


 誰だ――――と、誰何するなど当然のように出来ない。

 百戦錬磨と豪語する程ではないが、それなりに修羅場を潜り抜けて来たレオンが気配に気付けず、あまつさえその存在だけで委縮させられる。


 すらりとした長身の、硬質な空気を身に纏った男。

 その傍に、これもまた稀なる美貌を晒す男がいる。その男が、小さな笑いを含むままに口を開く。


「そこまでにしたらどうだ。窒息死しそうだぞ」

「俺は、ただ見ているだけだが」

「お前の眼前に晒されて平気な人間などそうはいないだろう」

「ルフォードやアルフォンソがいたが」

「あれらは例外中の例外だ。初見でありのままを受け入れられる者など稀だと知っているだろう」


 言われた男が、自身の顎を一撫でして「まあ、な」と納得している。


「これでも気を使って、声を抑えているんだが」


 納得しながら、何やら付け足した声音に軽い不満が含まれている。


「声をそのままに発したら、それだけで相手は気絶するぞ」

「軟弱だな」

「それに否やはないが、所詮は徒人(ただびと)。我らの本質そのままを向ければ、それだけで死する事も容易な脆弱な生き物だ。そう虐めてやるな」

「相変わらず、慈悲深い事だ」

「慈悲?違うな、所詮は我らと同等ではない生き物ならばこそ、どうでもいいだけだ。無暗に殺す事は容易いが、それをする事さえ興味を惹かぬだけ。いっそ我らの愛しき者たちの敵に回る愚かさを見せたならば、嬉々として慈悲を与えるさ」


 奇妙な言葉の遣り取りの、しかし《慈悲》に含まれた労りは滑稽な位、冷酷であるのだとレオンは本能で感じ取っていた。

 肝の冷えた体が、いっそ気絶さえ出来ない自分自身を後悔する。


 人間(ひと)としての生存本能と原始的な恐怖を感じ取る六感全てで、目の前の人物たちがただの人間(ひと)ではないと訴えている。


 そんな彼らの語る《慈悲》など、言葉の額面通りではない。

 慈悲とされる慈悲そのものが、恐怖の塊であり死の具現ではないだろうか。


 瞬きひとつ出来ず、レオンはまるで石像のように立ち尽くしていた。

 下手な動きひとつ、いや微かな呼吸一つさえも彼らの意のままに容易く止められる未来が容易に想像出来た。

 

 目の前で交わされる会話の真意を、当然レオンは理解出来ない。

 いや、本能が理解する事を拒絶しているのだ。

 

 身動きも取れず、上手く呼吸も出来ず、角灯のみが齎す薄暗い視界が更に狭まり暗さを増していく。貧血めいた症状も、けれどふらりと体を傾ぐなど出来ぬ程に動きは彼らの存在によって縫い()められていた。


 そんなレオンに、二人の視線が向けられる。

 息も絶え絶えのレオンなど気にもせず、ただそこにある(・・・・・)から見ているに過ぎないと。


 存在そのものが違うのだ。


 彼らと自分では。


 当然のようにして、レオンはこの場での死を覚悟した。

 死ぬ訳にはいかない。

 目的を達せずに、このまま朽ちるなど自分自身が許さない。


 それと解っているのに、抵抗の(すべ)などありはしない。


 そんなレオンを見ていた視線が、一人分ついと。

 流れる仕草で外された。

 本能に圧し掛かる重圧がほんの少しだけ外れたが、それで《死》の予感から逃れられた訳ではない。


 角灯だけの心許無い光源だけで、何故だが彼らの視線の動きを感じ取れるのは、きっと彼らの存在そのものが圧倒的に存在感が在り過ぎる(・・・・・・・・・)からだ。


「…………俺は行くぞ」


 視線を何処か遠くに向けていた男が静かに告げた。

 男の関心は元からレオンにありはしない。

 何かに気を取られ、それだけに意識を一身に向けている男はもう一人の男からの返答を聞かずに踵を返した。

 薄い灯りの小さな世界から、男が一人夜の闇の中へと消えていく。

 いっそ、そこに溶け込むようにして足音ひとつしない。

 元より存在感はあっても、何故か気配ひとつ最初から最後までレオンの神経には触れなかった。


 そんなところが、彼らが只の人間ではないと如実に告げている。


 残る一人が、レオンを見遣る。

 息苦しさに、だが呻き一つ出はしない。


 そんなレオンをひどく楽しげに残る男は眺めやり、口を開けた。


「レオン=リノベリアルゼル。お前には感謝しよう。我らの大切な者を、己の命を顧みず救い出そうとするその行為に、お前がお前のままであるならば、死するその瞬間まで我らの《慈悲》を与えよう」


 男が何を言っているのかレオンには解らなかった。

 それでも、先程耳にした《慈悲》と自分に与えようと言われた《慈悲》の意味は明らかに違い、またその《慈悲》はレオンに安堵を齎す程にするりと耳の奥に馴染んで届いた。


 未だ身動き一つどころか呼吸も瞬きも満足に自分の意思では出来ないレオンの額に、男の人差し指の先がひたりと触れた。


 カッと、心臓が瞬時に熱を持ち、視界が真っ白に染まった。


 その事に動揺する前に、視界は再び角灯のみの薄闇に戻り、心臓も熱くはなかった。


「レオン=リノベリアルゼル。戻るがいい。このままお前の思うままに行動すればいい。何者もお前の障害にはならない」


 奇妙にも歌っているかのようにレオンには聞こえた。

 しかし、言葉はレオンの目的とした行動と矛盾を示している。


 王妃であるアリアを逃す為には、先に進まなくてはならない。

 けれど男は戻るよう言いながら、レオンの思うままに行動すればいいとも言う。

 障害はないとも。


 ならば、レオンは猶の事戻れないと思った。先に進み、王妃・アリアを逃がしたいと強く望んだ。


 そんなレオンに、男は艶やかに笑みを浮かべる。


「心配は必要ない。彼女には、あいつがいる」

「――――――――――」


 告げられた瞬間、レオンは心の奥底から安堵し、緊張していた体から力が抜けていくのを感じた。固まっていた身体は知らず自由になっていて、自然と漏れた安堵の息に呼吸の解放を知る。


 彼女が誰を指しているのか、問い掛ける必要はなかった。

 《あいつ》が誰であるかなど、愚問にしかならない。


 どうしてか、レオンにははっきりと解った。

 立ち去った男こそが、王妃の傍にいると。

 セイィータ公爵令嬢・アリアをこの陰鬱とした堅牢な後宮(おり)から救い出してくれるのだ、と。


 只の人間(ひと)ではないと感じられた彼らの言葉は、何一つその言葉そのものを違えはしないだろう。


 レオンは自然と跪いた。

 額ずく勢いで、ただただ感謝した。


 彼女の未来(さき)に大いなる幸があらんことを。

 心から願いながら。









 後にレオン=リノベリアルゼルは、王国の悲喜劇の幕が下りるのを確かに見届け、混乱に陥る民たちの為に尽力し、今まで誰も成し得なかった建国を果たした。


 二十三国のひとつが消え去り、そして二十三国目が国名を掲げたのは、崩壊の一夜から六年後。 国を亡くした多くの民に望まれながらも、だが彼は王にはならなかった。


 ただ、晩年を家族と多くの人々に囲まれ過ごし、眠るようにして穏やかに生涯を閉じた。


 そんな彼の閉じた瞼の裏に鮮やかに蘇ったのは、生気に溢れた笑顔を浮かべる少女。

 かつて耳の奥に残された優しく無邪気な笑い声をもう一度聞きたいと望んでいた。

 

 最後の呼気の狭間に、確かに耳にと届いたのは成長した声音の無邪気な笑い声をあげる女性。 


 それは、亡国最後の王妃。





 

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