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第一章~有村アリカ編Ⅰ~




 「街(町)」はうごきだす。多くの人々の意を無視してうごきだそうとしている。その岐路に立つ二人の少年少女。ある日、少女は街を救うことを、少年は町を救うことを命じられる。交差する街と町、その全貌は謎に包まれたまま。しかし、その謎こそが【救済の鍵】となるのであった。忌まわしき過去、結果としての現在、そして希望する未来…立ち向かう少年少女は街(町)を、世界を、救えることができるのだろうか。




★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★




■ 私はこの街が嫌いだ。



 無機質で固くて冷徹で非現実的、そんな印象を子供の頃から抱いていた。街の名は「極楽園【ごくらくえん】」、街一体が海に面している。ただ、私はそれを見たことがない。なぜなら海と街の境には巨大なバリケードがそびえ立ち、見る者を圧迫し排除するからだ。海に許可なく侵入した者は重刑を課せられ、まさしく社会から排除される。これが極楽園のルールだ。




■ 私はこの街が嫌いだ。



 私の嫌いな父が、この街を作ったからだ。私の父である「有村【ありむら】ユキナリ」は感情の起伏が少なく、何事に対しても冷淡で、まるで極楽園そのものを象徴している。父は現在、極楽園最大の資産家であり、「極楽園の発展を目指す会」の会長を務めている。そのため父は街に対して、極楽園園長よりも強い発言力と意思決定権を持っていた。今日、彼は自身が創設した超高層ビル「極楽園ハピネスタワー」の開設記念式典に出席するため、早朝に家を出ていった。




 私は家を留守にした父を見送ってから大きく息を吐くと、不純物一つない床の上で大きくジャンプした。



「とおおおおおおうっ!」



 これが私の本気、人間として生まれた私のスーパージャンプ。しかし、空中に存在するのはほんの一瞬だ、悔しい。嫉妬して鳥に向かって石でも投げてやろうかと思ったけど、それならヘリコプターにでも乗って見下ろした方が満足する。そう、人類は自らが生み出した技術によってその限界を突破している。コンピュータ、携帯電話、ジャンボジェット機、ロケット…素晴らしいね人類は。もちろん私はそんな技術持っていない、ぴょんぴょんジャンプすることしか出来ない、やっぱり悔しい。


「とおうっ!とおうっ!とおうっ!」


ばたばたばたー。地面に私の重力がのしかかる。


「おやめ下さい、アリカお嬢様!」



 お嬢様?そう私は大資産家の一人娘だった、えっへんうふふ。お嬢様だけど、ジャンプすることしか脳がない平凡な17歳女子高生。それでも親が偉大なだけあって、皆は私を敬い讃えてそして避ける。避けられる事については慣れたけど、お嬢様なんて呼ばれるのは苦手だ。何というか私のDNAが反発してらっしゃる。しかしこのメイドだけは他大勢と違って、さっきのように平気で私に怒鳴ってくる。そのメイドの名は「間宮【まみや】マミコ」、有村家に仕えて15年のベテランで、私の教育係を昔から務めていた。言いたいことをはっきりと言う物怖じしない性格で、私はよく彼女から叱られている。でも私が落ち込んだときに励ましてくれたのは彼女だけだったし、喜んだときに一緒に笑ってくれたのも彼女だけだった。だから私にとっての間宮マミコはメイドというより ”母 ”のような“旧友”のような存在なのだ。



「マミマミ、ハピネスタワー観に行こうよ」

「はい?確かお嬢様は昨夜お館様に誘われたとき、お勉強があるとお断りになったと記憶しておりますが」

「あれは嘘よー、そんなことわかってるでしょ」

「…。」

「あそこの一階に気になってたブランドが出来たのよ」

「まったく、いつもながらご勝手ですね」

「えへへ」

「わかりました、ご用意いたしましょう」

「お、案外ノリノリじゃん、マミマミも服買っちゃえばー。」

「え?」

「へ?」



マミマミは急にボーっとしていた。



「あ、すみません…、私は同じ服を何着か所持していればいいので」

「ああそう、でもたまにはお洒落しなよ」

「考えておきます、では車を回しますのでしばらくお待ちになってから、玄関の方に」

「オッケー♪」



 正直言うと、このとき私はハピネスタワーにもブランド店にも興味がなかった。極楽園はいま物凄い勢いで新たな建築物が生え続けていて、ハピネスタワーもその一つに過ぎないからだ。しかし私は条件反射的に、冷徹にそびえ立つ超高層ビルを目指していた。それは後から思えば、必然だったと云える。だから間宮マミコとの会話は、少し不自然で機械的で、さっと吹いた風のような印象を受けた。車に乗ってビルへ向かうとき、間宮マミコが運転する車、タワーへ向かう道、街中のひとびと、騒がしい歓楽街、見えるものすべてが記号化されたオブジェクトに見えた。車内では、間宮マミコといつもの世間話や親父の悪口を語ったように覚えているが、うまく思い出すことができない。何故だろう。そして記憶がはっきりし始めたのは、ハピネスタワー下の記念碑前に立ちつくしていた時だった。



「高い…。」



想像以上だった。全長634mにも及ぶ巨大なビルは通りすがる人々を馬鹿にするように見下ろしていた。

 私の父は最上階でセレモニーを行う。その様子がビルに備え付けられている液晶パネルに映っていた。私と間宮マミコはそれを見上げ、父の姿を追っていた。父はいつも通りの仏頂面だったが、少し機嫌が良さそうだった。権力の象徴、このビルは父を象徴している。その門出に父の心も若干踊っているようだった。



「お待たせ致しました。これより極楽園ハピネスタワー創設記念式典を始めたいと思います。ではまず『極楽園の発展を目指す会』会長有村ユキナリ様のスピーチです。では、お願いいたします。」



父、有村ユキナリは静かに席を立ち壇上へ向かった。



「ご紹介あずかりました、『極楽園の発展を目指す会』会長の有村ユキナリです。私はこの極楽園全域を網羅、犯罪を未然に阻止するためのシステム、通称極楽園情報基盤ネットワーク『GINギン【GOKURAKUEN Information Network】』の開発を行い、園内の平和維持に従事して参りました。いま無事に開設いたしました極楽園ハピネスタワー、その最上階は極楽園で最も高い位置にあります。ここにGINを組み入れることで、さらなる平和維持機能の運用が期待できます。しかしそのためには皆様、極楽園園民様の支えがどうしても必要になります!ですから!われわれは一丸となり、ハピネスタワーを中心として、この極楽園を今以上の理想郷に変えてみようではありませんか!どうか、よろしくおねがいいたします!」



 父のスピーチが終わった瞬間、周りに拍手喝采が起こった。父を特に崇拝する者は大声でその名を連呼した、涙を流している者もいた。極楽園市民の支えとは何だろう?具体的にはどういう事を行うのだろうか。税金でも増やすつもりだろうか。しかしそれは父のやり方らしくないと思った。彼にとって市民の信頼を失うことは何よりも痛手であり、彼が目指す「理想郷」とは程遠いものである。

その後、式典は順調に進み、ついにテープカットが行われようとしていた。テープを裁断するのはもちろん創設者である父、有村ユキナリだった。有村ユキナリは静かに握ったハサミでテープを二つに分断した。私の目はその光景をスローモーションに映した。父はにやりと微笑んでいた。極楽園の園民たちは、ハサミを切り終えた瞬間、【突然静かになった】。

 奇妙である、混雑した街中で誰も言葉を発していないのだ。私は「えー!」と腹の底から大声を出すつもりだったが、何かに遮られて、ささやくような声で「え」と言った。




「え」




マミマミは少し驚いた顔をしていた。それでもこの事態で驚いているのは、私とマミマミだけだった。私は訳がわからなくって俯くと、スカートのポケットが黄色く光っているのに気がついた。私は真っ先にスカートから黄色く光るモノを取り出した。それは大きな貝殻、二枚貝の貝殻だった。強く発光していたが、私が見つめると更に強く発光した。



「ど、どういうこと!?何時の間に貝殻ポケットに入れたっけ?今日貝食べたっけ?てか何で光ってんのー??えええええー!!!」



私は超驚いた。超大声出せてるし。



「お嬢様、その貝殻の上側に耳を近づけてください」



マミマミは冷静だった。もしかするとマミマミがこの貝殻を私のポケットに入れたのかもしれない。



「何これマミマミ?親父が仕組んだドッキリか何か?何でみんな黙ってんの?超おかしくない?あとこの変な貝殻マミマミが入れたの?」



マミマミはいいから私の言う通りにしろ、という目をしていた。こういう目をするときのマミマミを怒らすと非常に怖い。



「今は私の言う通りにして下さい、お嬢様」

「わ、わかったよー」



私は貝の上側を耳に近づけた。まるで携帯電話みたいだった。傍から見たら物凄く滑稽だろうなと思った。



「ジジ…ジジジ…ジジ」



まずノイズが聞こえた。それは電子的な音で、電波の弱いところで電話をかけている様だった。マミマミにそれを伝えると、ハピネスタワーの中に入るよう指示された。外と同様、タワーの中の人々も言葉を発さず、静止していた。私は再度、耳に貝殻を当てた。



「ピー…ピー…ピー…えるか……きこえ…るか…」

「ひいっ!!」



私は超超驚いた。貝殻から男性らしき人の声が聞こえたのだ。



「き…聞こえてます…聞こえてます…」

「おお本当か本当か!君の名は?」

「あ…有村…アリカです」

「いま何処にいる?」

「え…っと…、極楽園東区のハピネスタワー1階…です」

「いまの時刻を西暦から教えてくれ」

「へ?…え、ええと…2012年9月2日9時10分です…」

「そうかそうか!やったぜ!」



 異様にテンションが上がる声の主。というか西暦もわからないって何?その前に貝殻から声って何?私は混乱していた。堅物の父と違って私はすぐ慌てるし感情を表に出してしまうのだ。ああ…足が震えてるし…おしっこ漏れちゃいそう…。この人達、私が失禁してもそのまま静止しているのかな、いきなり騒ぎ出したらどうしよ。だったら失禁する価値あるかも!…ってそれはおかしいだろ!!…明らかに私は混乱している。混乱している。



「おい少し冷静になれ、深呼吸しろ」

「は、はい!すーはー、すーはー、すーはー、うぇっ」

「いいか、落ち着いてよく聞いてくれ、時間がないから簡潔に言うぞ」

「は、はい!はい!」

「深呼吸」

「すーはー、すーはー、ヴぇっ」

「落ち着いたか?」

「は…い、大丈夫です…」

「じゃあ言うぞ、【このままだと街は、世界はやがて破滅に向かってうごきだす、有村アリカ、君に世界の救世主になってほしい】」




「へ?」





 私は失禁した。




 極楽園、ハピネスタワー、極楽園の発展を目指す会、GIN、創設記念式典、テープカット、突然静止する人々、謎の貝殻、謎の会話主、街の破滅、世界の破滅、救世主…、




有村【ありむら】アリカ………、




………やがて【街】はうごきだす。





街と町と少年少女 第一章~有村アリカ編Ⅰ~ END


新連載でございます、ご意見ご感想を頂けると幸いです。

次回は、第二章~広井ヒロト編Ⅰ~です。田舎の港町が舞台になります、お楽しみに。

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