それは、まるで始めから居たかの様に
なんて簡単なこと!
こんな簡単なこと!
やはり人は脆い!
知ってしまった!
快楽に次ぐ快楽!
もうやめられない!
———————————————。
ぞくり。
「——ッ!」
突如訪れた悪寒と身震いに、私は思わず二の腕を抑えていた。
まただ……。
右腕が勝手に暴れ出しそうな、ここのところそんな不気味な感覚が不定期に襲ってくる。
何かが私の体の中で頭をもたげ、叫んでいる。何を言っているのか、よく聞こえない。
聞こえない?聞きたくない?
「純夏?大丈夫?」
はっとして横を見ると、未希が心配そうな表情をしている。
「調子でも悪いの?」
「う、ううん、全然。大丈夫よ」
慌てて取り繕うが、未希は納得しない。
「そう?でも、思い詰めたみたいな表情だったよ?悩みでもあるの?私でよければ聞くよ?」
「ちょっと、台本の事考えてたから。最近、懇詰め過ぎなのかも」
とっさであれ親友に嘘をつくのは忍びないが、自分でもよく分からない事を人に説明なんかできるはずもないし、余計に頭を疑われるのが関の山だ。
だが。
この黒い感情は何なのだ。親友といる時に限って暴れようとするこの私の右手は、何なのだ。
「でも、顔色よくないみたい」
それはそうだろう。実際、お世辞にも気分がいいとは言えない。
「うん、そうかも……。未希、今日は帰って休むね」
「そうしなよ。次の講義は代返しとくから」
「い、いいよ。そういうのはちょっと……」
確かに、次の講義の講師はこまめに出席を取る人だが……。
「真面目だなぁ、純夏は。大丈夫だよ、せこせこ出席なんか取る授業にロクなのないから。こっちも適当にやってればいいの!面白い講義なら、出席なんか取られなくたってちゃんと毎回出るよ」
「そ、それはむちゃくちゃだよ……じゃあ、ごめんね」
「ゆっくり休んで!」
わざと元気いっぱいに手を振る未希から離れ、小さな黒い感情を殺そうと努力する。今はまだ小さな黒いシミ。けれどそれは、インクが布に染み込むように、間違いなく広がっている。
いったい私の体に何が、起こっているというのだ。
読んでいただきありがとうございました。