Tレックスとトリケラトプス
私は、キッチンに準備してあった皿を適当に持って来て、面倒なので積み重ねたままテーブルに置く。
客人である岩戸は、する事も無くなってテレビを眺めている。
三年前に立て替えたごく一般的な一軒家。神社は古いが、家ならその辺の家屋よりずっと立派で新しい。リビングに置かれた大きな液晶テレビは、バカ親父がパチンコで獲得してきた景品だ。
ニュースは隣の市で起きた殺人事件を報じる。私も、する事が無いのでそれを流し見る。
一週間と三日前から、次々と三人が殺された事件。
顔が分からなくなるほど角材でめった打ちにされた少年、ナイフの一突きに倒れた青年、そして強姦の果てに絞殺された若い女性。
被害者にも手口にも共通点は無く、三つの殺人の関連性は分からない。しかし、地方の地方都市で連続して起こった殺人事件をマスコミが放っておく訳も無く、勝手に「連続殺人」に仕立て上げて大騒ぎしている。
元警視庁捜査一課長という肩書きを持つ、白髪まじりのコメンテーターが真面目な顔で語るところでは、犯人を単独犯とするならば『異常性格者』で『支配欲がとても強い男性』らしい。 ……そう思わない人はどうかしている、と言われても仕方ないほどつまらないコメントだ。きっとコイツは二度とテレビの仕事は回ってこないだろうと、同情を禁じ得ない。
「実にくだらん。これで金が貰えるのか。楽な仕事だ」
退屈を通り越して、あからさまな侮蔑を含んだ感想を画面に吐き付け、煙草をくわえる。……む、私とした事が、ライターはどこへやったのだったか。年を取るとこれだからいけない。
「岩戸、人はなぜ人を殺すんだと思う」
ちょっと試してみよう。
「え……?」
「なんで怯えた目で見る。私をなんだと思ってるんだ」
岩戸佳佑はごまかすように笑顔を張り付け、微妙に体を引いている。
「いやあ、もう殺ってそうな美梛さんがそう言う事言うと、嘘に聞こえないから……」
「長生きしたくないのか?」
「したいです。この世にまだたくさん未練あります。ええ。
……そうですねぇ、憎しみ、憧れ、妬み、衝動、快楽……こんなとこですか?」
「確かに、感情が引き金になる殺人は多いだろう。だがそれは二次的な物だとは思わないか」
妹のお気に入りは少し悩んだ顔をした。
「……どういうことです?」
「もっと根本的なところで、人は思い違いをしているんじゃないか、ということさ。世界広しと言えど、ある程度の図体を持っていて、しかも六十億以上の個体数を誇る生物はヒトだけだ。恐竜だってそこまでは繁栄していなかった。
そもそも恐竜とひとくくりにしてしまうが、それも私は気に喰わない。だってトリケラトプスとティラノサウルスでは、どう見てももはや別の生物だろう。は虫類というくくりなら納得もできるがね」
まあ、それは関係なかった。が、口を開いた彼はにやりと笑う。
「もしかして、増えすぎた人類を生物としての本能で駆逐しているとか、美梛さん、柄にも無くそんなこと考えてませんか?あの、ウイルスはヒトの数を抑えるために産まれて来たんだ、みたいな」
一見ちゃらんぽらんに見えて、なかなか鋭いこういうところを私は気に入っていた。訳の分からないところから始まった話なのに、ちゃんと本質は捉えている。未希も面白いヤツを見つけて来たものだ。いや、始まりは彼からここに来たのだったか。
「柄にも無い、か。そうかもな。だが、そう考える輩の気持ちも分からんでも無い。自らの意に反する衝動として人を殺し、その後で理由を取ってつけることで、ヒトとしてのカタチを保つ、というようなことかな」
「それなら、世界はもっと平和か、もしくはとっくに滅んでるんじゃないっですか?ヒトはもう、地球だって滅ぼせるんですから」
岩戸の言う事は半分正しい。確かに、殺人衝動が自分以外から来るなら、それを理性で押さえ込むのもヒトが人たる所以で、負けた人間はもう人には戻れないのかもしれない。つまり、後付けの理由では自分を正当化する術を持てず、衝動に負け際限なく殺し続けるのだ。
……だが、今までそう言ったケモノのような殺人犯は出現していない。むしろ、過去に恐怖の連続殺人鬼として歴史に名を連ねるような連中こそ、かえって強烈な自我を持っていたりする。
だが、半分は外れだ。人間は人間を滅ぼせるに過ぎない。飽きずに戦争を繰り返しても、地球規模の異常気象を起こしても、核でヒトが絶滅しても、この地球上に人より後を生きる生命体は必ず残る。それが人から見ればどんなに矮小な生き物でも、どんなに原始的な単細胞生物でも、彼らは必ず復活する。
あくまで『地球』を滅ぼすのは、宇宙の果てから飛来する隕石であり、果てない時の流れの果てにいつか膨張する太陽なのだ。意思の無い無機質な意志故の、考える葦など鼻で笑い飛ばす力。……人はそこまで尊大ではない。
彼と話しているつもりで、ただ自分の考えを整理していただけのようだ。
「感情が二次的なモノだとすれば、人としての存在意義とはなんなのだろうな……」
火をつけないままの煙草を口にくわえ直すと、岩戸は嫌みでもなんでも無く、ただ清々しく笑った。
「美梛さん、考え過ぎ。頭がいい人はそこが良くない。……じゃあ、いいじゃないですか。二次的でも」
「興味深いな」
彼はえへんとわざとらしく咳払いしてみせる。
「もし本能がやっちまえって言ってるんなら、それが例え本当の人間でも、ヒトには理性があるし、感情もあります。反対に人を好きにもなれるし、人間は戦った相手の墓だって作れちゃう。
衝動に負けた人間なんて、生きてる人間の何分の一もいないじゃないですか。数えた事はありませんけど。じゃ、それでいいじゃないですか。衝動に負けないようにまっとうすれば」
「それが人類の破滅に向かう道でもか」
「一人一人の積み重ねで破滅に向かうなら、そうじゃなく積み重ねていけばいいんです。俺はそれができると思いますよ、人間なら」
実に真っ直ぐに、恥ずかしげも無く言い切る。なるほど、世間を知らない若者らしい意見だ。
困ってる人には手を差しのべればいい、互いが互いを思いやれば良い、人が下降線をたどるならそれを上げる手段も持っているはずだ、という事か。
果たしてそれが5年後にも言えるかどうか……楽しみが増えた。できれば私のような歪んだ考えは持って欲しくない、と切に願う。
「いいだろう……。つまらん話に付き合わせた。飲め」
ちゃっかり冷蔵庫から持って来た缶ビールを開け、グラスに注ぐ。
「あざーす!」
調子よく笑ってグラスを受け取り、注ぎ返してくる。
やっと新聞の下にライターを見つけ、火をつけ……ぱっと横から取り上げられる。未希は取り上げた煙草を、もうグリグリと灰皿に押し付けた。
「あああもったいない」
「姉さん、リビングは禁煙です。穂波実だって居るんだから、気をつけてって言ってるでしょう?」
「やれやれ、未希には適わんな」
「ってか、聞こえたんですけど。また縁起でもない話してたでしょう?どうして食事前にそういう……」
昔からエグい話が苦手なしっかり者の妹は、思いきり顔をしかめる。
「そう言うな。お前の代わりに佳佑を試してるんだ。どんな人物かちゃんと知っておかなければ、将来不安だろうが」
「な……な、に、が、ですか!!」
途端、火を噴きそうな顔で皿をひったくり、黙ってテーブルに並べ始める未希。横顔が赤いのは照れからか怒っているからか、それは気にも留めない。一方のお気に入り君は、素知らぬ顔でニュースの話題を振ってくる。
「まあ、そういうことだ岩戸佳佑君。……では、穂波実も戻って来たところで、未希お手製のハンバーグをいただこうか」
ご精読ありがとうございました。