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御子神家の食卓

御子神みこがみ 美梛みなぎ:御子神家長女

御子神みこがみ 穂波実ほなみ:御子神家三女

「いや〜、またお呼ばれしちゃって……どーもすんませんねぇ」

 愛想笑いを浮かべながら後ろ頭をかいてみせる佳佑。

「私は構わんよ。男手があった方が、何かと助かるからな」

 さばさばとした男性的な物言い。この神社の正統な跡取りである御子神美梛は、佳佑の事を気に入っているようだった。

 佳佑とは年が6つ離れている。濃い栗色の髪を無造作にポニーテールにしており、服装もシンプルで全体的に飾り気が無い。誰が見ても文句無しの美人で、笑っていれば男には困らないはずだ。ただ笑ってさえいれば。

「それに未希のお気に入りでは、私が断れる理由も無かろう?」

 楽しそうに、しかしどこかサディスティックな笑みを佳佑に向ける。この人の趣味は、突かれて痛いところを突かれた人を観察する事だ。

 今のだって、夕食の準備で忙しい未希ではなく、目の前にいる佳佑に向けられた「妹はお前に、異性として好意を抱いているぞ」という意味合いの言葉なのだから。

 ひどい時にはネチネチといたぶられるが、なかなか的を射た発言もあって、その意味では佳佑は一目置いていた。要は人を掌で転がすのが好きなのだ。

 何やらいろいろと怪しい研究に没頭しているようでもあり、謎の多い人物でもある。


 「もっとも、穂波実ちゃんはそうでもないようだがねぇ」

 普段は妹をちゃん付けすることはない。明らかに相手を挑発するために付いた「ちゃん」。意地悪に歪んだ長女の笑みは、テーブルの向こうに座るセーラー服の少女に向けられる。

 

 三女、御子神穂波実。末っ子の彼女はまだ高校一年生だ。おろしたての夏服が目に眩しい。

 あどけなさが色濃く残る顔立ちだが、二、三年後は歩くだけで目を引くような女の子になるに違いない。

 頭の両脇でまとめた長いツインテールが跳ねて「m」の字に見える。ので、いつだったか某ハンバーガーチェーンのマークみたいだね、と言ったら、生まれて初めて明確な殺意を向けられた。この子も笑ってさえいればモテるはずだなのだが……。

 

 穂波実は姉二人とは対称的で、あまり感情を表に出さない。幼い頃に母を亡くしたから、という辛い過去のせいもあるらしいのだが、特に佳佑に対しては、涼しげ……というか冷ややかな視線を刺してくることが多い。

 美梛に言わせると、不在がちな父親と長女に代わって次女の未希が主に面倒を見てきたためで、つまり穂波実は生粋のお姉ちゃん子なのだ。

 だから、あの一件以来ちょくちょく御子神家の食卓に顔を出す佳佑に、姉を取られるという危惧——それは「誤解」だが——を少なからず抱いている。ただでさえ感情を表に出さない鉄のカーテンは、今日も開く気配さえ無い。

「ほ、穂波実ちゃん、夏服似合ってるね……えーと、モテるでしょ?」

 久々にあった親戚のおじさんみたいな言葉は、ぷいっとそっぽを向く事で無視された。


 そんな空気を楽しんでいるのは声を上げて笑っている美梛だけ。本当に人が悪い。

「穂波実、着替えて来たらどうだ。制服に醤油でも跳ねたら目も当てられん。それに、セーラー服に秘められた魔力を侮るな。人畜無害に見える岩戸と言えど、欲情すれば何をするか分からん」

「俺が穂波実ちゃんに何をするんですか!」

 穂波実はいつも通り、そっと言葉を紡ぐ。

「いい」

 いろんな意味で、拒否の「いい」だ。

「穂波実、醤油の威力をなめてはいけない。女性には醤油顔はないんだ、クラスでいじめられるぞ。明日からあだ名は醤油魔王だぞ。今までお姫様だったのが、急に魔王に配置転換だ。勇者どもも手のひら返すぞ。お姫様に生活臭は似合わんからな。まあ、強者になびくのは人間の性ではあるが」

「せめて醤油女王にしてあげて下さい。てか、シリアスな顔で妹になんて事言ってんですか、あなたは。もはや意味分かんないですし」 

「私は魔王よりの人間だもの」

「なんのカミングアウト!?」


 美梛は、佳佑とのやり取りが楽しいらしい。ずっと含み笑いを浮かべている。

 佳佑とて、嫌なのに無理に訪ねて来ている訳ではない。

 アパートに帰ってコンビニ弁当を淋しくビールで流しこむのと、こっちにお呼ばれするのとでは天と地の差だ。……穂波実には迷惑かもしれないが。

「ゴメンね、佳佑君。もうちょっとでできるから」

 忙しく動き回る未希が食卓に戻ってきた。エプロンで手を拭く仕草が様になっている。

「あ、おかまいなく。俺は勝手に呼ばれて来ただけだから」

「そうだね」

「穂波実ちゃん、そこだけは同調してくれるんだね。全然いいよ、俺は。俺との会話に参加してくれた事が、俺は嬉しい」

「はいはい、姉さん、食器並べるの手伝って下さい。穂波実、着替えて来なさい。ソース・オブ・デスになりたくないでしょ?」

「醤油魔王より全然かっこいいし!見た事無い全体魔法使えそうだし!つーかどこの姉妹の会話なの、これ。え?なんでそれで着替えに行くの?そんなに嫌だった?ソース・オブ・デスが?」

 

 この個性の強い三姉妹は、それだけで終わらない。この世には知らないことがたくさんある。

 佳佑だって知らなかった。日本はそんなに平和じゃなくて、数で自然を圧倒する人間にも確かな天敵が存在するなんて。

ご精読ありがとうございました。

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