近くて遠かった世界
久々の投稿です。よかったらどうぞ☆
設楽要は目を覚ます。
まず目に飛び込んできたのは白い天井。首を動かすと、白い壁、窓、暮れ行く空。不思議なほどに気持ちが落ち着いていて、冷静に状況の把握に努める自分が普段の自分と正反対だと感じて、なんだか可笑しかった。
多分ここは病院の一室だ。そして自分は小学生以来の久しぶりで入院している。だからやや堅めのベッドに横になっていて、隣の台の花瓶には誰かが花を生けてくれたりしたのだろう。入院が久しぶりの体験なら、個室での入院なんて体験は初めてのことだ。前に気管支炎をこじらせて入院した時は、もっとごちゃごちゃの相部屋もいいところだったと記憶している。
体を起こそうとして、体が重いことに気が付く。病院独特の堅い布団が胸の辺りまで乗っている、原因はそれだけではない。体が疲れている。まるで夏の暑い日に全力で部活をやりきった後みたいだ。
ようやく自分の状況が整理できてきてから今更のように、そう言えばどうして病院にいるのだろうか、なんて疑問が遅れてついてくる。
なんとなく考え始めた頃、廊下に足音が聞こえて飾り気の無いドアノブが回った。何気なくドアを開いた母親の顔が、要の横たわるベッドを見て驚きに染まる。
「要!起きたのね!」
手にしたタオルやら着替えやらを放り出しかねない勢いでベッドに近寄ると、膝をついて要の手を握る母。目にうっすら涙さえ浮かべている母を見て、要は少し感動した。と同時に、結構長い時間眠っていたのかもしれないと気が付く。
「お母さん、オーバーだな。そんなに寝てたの、私?」
照れ隠しで明るく声をかけると、母親はまだ娘の覚醒を信じていないような顔で声を絞り出す。
「一昨日の夕方からずっとだよ。もう起きないかと心配したんだから。痛むところはない?」
すると、丸二日眠っていたのか。寝る子は育つとは言え、自分の中にそんなに眠り続ける力があったとは驚きだ。そんなに寝ていたなら、白馬の王子様のキスでお目覚めと洒落込みたかったな。
「とりあえず大丈夫。どこも痛く……あれ?」
今度は努めて、明るく言う。
その途中で要の目が再びドアに吸い寄せられた。ドアは開かない。だが不思議なことに、要には何かが入ってこようとしているのを感じた。
ぽつり。
クリーム色のドアの一点に染みがつく。
いや、最初にドアの染み汚れかと思ったそれはすぐに大きくなり、直後、立体的な形を持った。そこまで来ると、もはや黒い何かがドアをすり抜けて部屋に入ってくるという馬鹿げた想像が急速に現実味を帯びていく。
「な、何なの……?」
「要?どうしたの?」
母親の心配そうな顔を通り越し、要の視線はドアに釘付けになっている。
ごく短い時間でドアを開かずに、音もなく侵入してくる、それ。
そんなはずがないのに、夢なのに、目が離せない。要の意識から音が無くなった。鼓動が全力疾走のごとく脈を打ち、汗が吹き出てくる。
入ってきた黒いのは髪の毛で、その下に続く肌色は、見知らぬ男の人の頭で、目で、鼻で、口が、笑っている口が——。
要と揺れる視線と、その表情のない目が必然的に合う。母親が何か言っているようだったが、要は再び意識を失った。
ありがとうございました。