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野球回



 テレビでは今年も最下位に甘んじる地元チーム、その名もモールズの野球中継を放送している。


 相手は現在リーグ首位のサンズだが、投打ともに圧倒的な力の差をいかんなく発揮されている状況だ。なるほど、太陽とモグラではそもそも相手にならない。と、言うかなんであんな弱そうな動物をチーム名にしたのだ、このプロ野球チーム。


 佳佑は缶ビールを飲み干しながら、今日何回目なのか分からないモールズのピンチを眺めていた。小さなテーブルの上にはコンビニで買ってきたおつまみ、それを挟んで向かいには幸平が同じように赤い頭と顔でテレビを見ている。


 モールズのマウンドを守るのは、ナイターなのに空が明るいうちにKOされた先発投手でも、燃え盛る火に油を注ぎ倒した二番手でも、ゴジラに潰された石油コンビナートよろしく爆発炎上した三番手でもなく、早い回から敗戦処理を任された入団二年目の若手ピッチャーだ。気の毒な役回りだが、彼がマウンドに上がってからは相手のスコアボードにゼロが刻まれ続けている。そんな彼の意地もここまでなのか、テレビに映るその背中は視聴者から見ても分かる程にバテている。そして塁上は埋まり逃げ場はどこにも無いが、監督も動かない。


「かわいそうに……」

 思わず佳佑が同情するほどに。

「もう変えてやれよ。コイツ、よく頑張ったよ。こんな大差で負けてんのに、俺ちょっと泣きそうだよ」

 思わず呟いた幸平の言葉が、視聴者とスタジアムにいるモールズファンの総意だろう。まるでクラスで一番遅い周回遅れの子がゴールする瞬間のような空気。


 しかし野球の神様は容赦しない。そういう場面で、バッターボックスには、現時点で三冠王の4番バッター。貫禄が違う。

 解説者は「もう失うものはない訳だから、開き直って投げられればね」なんて勝手なことを言っている。彼からすれば予想外のマウンドに上がった時からとっくに開き直っているに違いない。が、いかんせん疲れ果てている。バッターが悠然と見送った変化球も、ほとんど変化していないし、ストライクゾーンに放れたのも奇跡に近い。まして相手は目下絶好調の三冠王。見逃し方から見ても、球筋を完全に見切られている。

 彼は敢えて見逃したのだ。次の一撃で確実に粉砕するために。


「フルカウント……コントロールできる球はへっぽこストレートだけか」

 投手経験者の佳佑の見立て。

「フォアボールでもいいんじゃねえの。そしたら代えてくれんだろ。もう一点とられたって、こんだけ点差が開いてたら関係ないだろ」

 幸平の感想は正しい。そりゃそうかもしれないが。

「それでも。投げるんだ、ピッチャーは」


 正面から投手をとらえた映像の中で、彼はうなずいた。キャッチャーとのサインの交換が終わった合図だが、もう意味は無い。今の彼の球威では、おそらくバッターはどんな球にでも対応してくるだろう。弱いチームだったとは言え、高校で投手をやっていた佳佑にも、多少は分かる。どうせやられるなら、一番自信のある球で勝負するしかない。後は気持ちの問題だ。


 言葉通りに開き直りきったピッチャーがモーションに入った。


 腕の振りの勢いにしては力の無い球が、スラッガーの振り抜いたバットに食われ、白球が糸を引く。


「あああああ……」

 打った瞬間ホームランコースの弾道に思わず声が漏れるが、そこからがモールズ今日一番の見せ場だった。

 高い高い放物線を描いたボールは、なんと逆風に負けて押し戻されてきた。ボールの滞空時間が長いだけに、俊足で有名な外野手はすでにフェンスの下で待っている。それでも足りないと感じた彼は、ひょいっとフェンスによじ上り、精一杯にグラブを伸ばし——確実にフェンスの向こう側に飛び込んでいったボールは、しかしスタンドにたどり着く前に彼のグローブに収まった。


「おおおおおおあっ!?」


 一瞬の間の後、佳佑、幸平、観客席、実況から歓声が上がる。スーパーキャッチを見せた外野手が大写しになり、フェンスの上でスタンドの味方ファンと大喜びしている。


「すげえ!助けられたな!」

 幸平が呟く間にも、ベンチに帰ってくる味方に頭をこづかれ照れ笑いする若手投手と、その彼が外野手を迎え入れるシーンが映し出された。


「やっぱ諦めたらダメだな!」

「いや、もう試合展開にはまるっきり影響無いけどな……」

 なぜか涙ぐむ幸平に呆れる佳佑の目に、ニュース速報の文字が飛び込んでくる。

「男女のバラバラ死体発見って、嫌なニュース速報だなぁ。しかも近くじゃん」


 かーっと声を出してビールの缶を握りつぶす幸平。

「そんなもんでいちいちビビるんじゃねえよ、ったく。ところで佳佑、玄関の鍵は閉めたか。窓もそろそろ閉めてもいいんじゃねえか。な?」

「窓閉めたら暑いだろうが。そこまでビビらなくてもいいだろ」

「何何何!?俺がビビってるってぇ!?ちょっと佳佑君、そいつぁ勘弁して下さいな。おおお俺の明鏡止水をそんなことで乱せるものかよ、っちょいなあ!?」

「うるせえよ!めちゃくちゃビビってんだろうが!」

「ビビってねえって!ビビってねえけど今日はここに泊まることにするから。いいだろ。な、いいと言ってくれ。俺がバラバラになってるとこなんて見たくねえだろ」

「言ってることはバラバラだけどな」

「いや、うまいこと言わなくていいから。ただ泊めてくれるだけでいいから。佳佑君、俺を見捨てないでくれぇぇぇ!!」

「うるせええええ!!!!」


 幸平を足蹴にしながら、佳佑は別のことを考えている。最近ちょっと考えすぎてるみたいだし、あとで未希に電話してみようか、と。今度の日曜は気晴らしにどっか連れて行くか……。


 テレビではモールズの先頭打者が、早くもしょんぼりとベンチに帰っていくところだった。

ご精読ありがとうございました。

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