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 人の進化の証は「忘れられることだ」と誰か偉い学者先生が言っていた。人が最も幸いなのは「忘れること」で、最も不幸なのは「忘れること」だとどこかの何かに書いてあった。


 詰め込むものが多い学生にとって、忘れることは厄介だ。忘れなければテスト前に大慌てでおさらいする必要は無いし、ポケットの軽さに気が付かずに駅まで歩いて、券売機の前からダッシュでとんぼ返りする必要も無い。夕飯のレシピメモも、雨上がりに取り残された傘も、きっとこの世から消えてなくなる。


 総じて、忘れなければ単純に脳の機能に限界が来るということなのか。それとも悲しすぎて立ち直れないような出来事すら少しずつ薄めてくれる、という感情的な意味合いか。前者の立場から見れば、確かにこの世界は情報量が多すぎる。後者の立場から見れば、確かにこの世界は悲しいことが多すぎる。


 設楽要は、こう思う。


 人が忘れて行くのは必然だ、と。繰り返しの日常の中で、記憶することすら忘れていくのではないか、と。そしてたまにその人にとって大きな出来事があると、その衝撃は些末な日常の記憶をさらに吹き飛ばしてしまう。

 更には忘れることを選択できる記憶と、できない記憶がある。深く深く刻まれた記憶は、脳に病的な傷害がでない限り、あるいは障害を負っても、忘れることは叶わない。


 喜び、悲しみ、憎しみ、絶望。どんなに時が風化しても、忘れ得ないことがある。彼女は今日、それを知った。


 いつも通りの日常。いつも通り穂波実と別れた後の帰り道。いつも通りの高校から実家までの帰り道。いつも通りの……いつも通りはどこまでだったのか。


 悪い夢でも見たことの無いほどに酷い光景の後、気が付くと彼女は全身で息をしながらしゃがみ込んでいた。ここはどこなのか分からないし、今日が何日なのか、今が何時なのか、もはや自分が誰なのかもよく分からない。


 忘れたい。今すぐ忘れたい。

 これまでの人生と引き換えにしてでも、今日を忘れたい。


 道の真ん中にへたり込んだ要の肩を掴んで誰かが揺すっているが、要は応じない。その視線は力なく宙を凝視し、歓喜も苦悶も恐怖の表情さえも浮かべていない。

 やがて救急車が到着し、近くの橋の下でソレを見つけた誰かの悲鳴が上がり、相楽の部下達が血相を変えて現れても、要は救急車の中でただ放心し続けていた。

後精読ありがとうございました。

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