設楽要という人
くしゅん。
再びくしゃみをして鼻をすする穂波実。横を歩く設楽要が明るい笑顔を向けてくる。
「ほら、風邪じゃん。それとも誰かの噂?穂波実なら誰かの噂になってても全然不思議じゃないし」
「……」
むっとしながらも言い返せないあたり「普通ではない」という自覚はあるんです。
「いい意味で、だよ?」
取り繕うような言い方ではなく、あくまでこちらを持ち上げるのが、要というキャラクターだ。
「どんな意味」
「穂波実、人気あるじゃーん!」
無愛想な表情を崩さないまま、どこがと吐き捨てる。本心だ。人付き合いは得意じゃない。美梛お姉ちゃんにも、もう少し笑いなさいって言われたし。
これじゃ敵は作っても好意はもたれないだろう。……そういう意味では要は貴重な存在だと言えるかもしれない。どうしてこんな私なんかに構ってくれるのか分からないが、とにかく感謝している。
「あ〜知らないな?この間、綾瀬が穂波実の事聞いてきたんだよ?お前、御子神と仲いいよな、とかっつってさ」
意地悪く笑って、はやし立てるようにこのこの〜とほっぺを突つかれる。だが、記憶をひっくり返したところで、私には思い出せない。
「綾瀬って誰」
「お、おいおい……バスケ部期待のホープだってば。スポーツ万能のイケメンだからね。天は二物を与えたのかって言われて騒がれて……まあ、穂波実には関係ないか」
それが穂波実のいいとこだけどね、と笑いながらため息をつく要。
「要こそ。男子の友達多いでしょ」
「ま〜ね。性格が男よりだからさ〜、あたしは。めんどくさいの嫌いだし、細かい事苦手だし、おおざっぱだし。乙女街道を地で行く穂波実とは正反対だな〜」
「どこの街道……?」
にひひと笑う要は、いつもニコニコしていて本当に羨ましい。私にもその十分の一でも愛想があれば、と思う。
「じゃ、また明日ね。寄り道しないで、真っ直ぐ帰るんだよ」
茶化すように笑って、彼女は十字路を右に行く。私は左だから、いつも要とはここで別れる。
突然、何の前触れも無く脳裏を何かが駆け抜けた。例えるなら電気のような、予感。それも、戸惑うほどに疑うことのない嫌な予感。
「ッ!?要、ちょっと……」
言いようのない不安に駆られて、思わず要を呼び止めてしまう。
「ん?何?なんかおごってくれるの?」
突然呼び止められてなお、彼女は呑気な笑顔で返事をしてきた。
……気のせいだ。具体性の欠片もないこんな気まぐれで、彼女に何を言えばいいのか分からない。
「何でもない。気をつけて」
「はあ?そんなこと言うために人を呼び止めるとは……」
大げさな動作で額に手をやって、大げさに溜め息をつく要。
「穂波実も相変わらずよく分からんねー。ま、いいや。穂波実こそ、知らないオジサンに着いてっちゃダメだぞ?じゃあね」
意地の悪い笑みとともに人差し指を立てて見せてから、要は背を向ける。なぜだか、その後ろ姿に妙な胸騒ぎが止まらない。
原因が分からないまま、私は十字路を左に折れる。
ご精読ありがとうございました。