御子神穂波実という人
設楽 要
穂波実のクラスメイトで親友。
学校帰り。設楽要の横でかわいいくしゃみをする友人。
友人——御子神穂波実は、ぴょんと跳ねたツインテールの髪型と言い、小柄な体躯と言い、独特なキャラと言い、きっと一部のマニアにはたまらない仕様に出来上がっているのだろうが、もちろん本人には自覚が無い。
「風邪?」
「違う……と思う」
尋ねても最低限の単語しか返さないこの子は、クラスでは少しだけ浮いた存在だ。そりゃあこんな不思議な雰囲気の女子、なかなかいるものではないし、なにせ本人が口を開かないんだから仕方の無い事だろう。
でも私は知っている。彼女は一部の生徒が言うようなただの無愛想ではない。本当は誰にでも分け隔てなく接する優しい人だが、その接し方がちょっと人とは違うだけだ。
入学して間もなく、穂波実は確かに取っ付きにくい雰囲気だった。
小さな学区で固められた中学校よりもグンと広がる交友関係に、始めは誰でも緊張する。彼女もその類いなのだろうと思っていたが、それは勘違いだった。初めて会う者達が集う高校一年生の一学期の異質な雰囲気のクラスにあって、穂波実だけが普段通りだったと、私は思い知る。
入学して一週間ほどした頃。自己主張の強い女子二人が、クラスを二分しようかという派閥を造り上げていた。置いていかれたくない一心の女子達が積極的に闘争参加した結果、短期間での派閥構成とあいなったのである。
理解できない男子達は冷めた目でそれを眺めていたが、女子としてはこれからの高校生活がかかった、死活問題だ。身の振りを間違えば女子特有の陰湿ないじめの標的にされ、普通の生活さえ危うくなる。
無論、互いが互いの勢力を拡大するために限られた資源を奪い合う。
もちろん自分から意思表示なんか絶対しない穂波実も、なんとなくうんざりしていた私も、取り込みのターゲットに選ばれ、両派閥からしつこく勧誘を受けることになる。
そしてある日、彼女は両方の長から直々に勧誘を受ける事となった。
「御子神さんは、アタシとアイツ、どっちに着くのかしら?ま、考えなくてもどっちが良いかなんて分かるわよねぇ?」
そこいらの男子よりも体格のいい女番長Aが、ポキポキと指を鳴らす。
「こんな野蛮な方に、クラスの平和が維持できて?暴力に訴えるようでは先が知れています。これからは頭を使って生きていくべきよ。ねえ?」
いかにも優等生タイプだが、キレるとヤバそうな女番長B。
タイプの違うドン二人が穂波実の机を挟んで睨み合う様は、正に一触即発のムードを醸し出していた。
私は、その様子を教室の隅から観察していた。その時は名前もうろ覚えで、あの追い込まれたようなツインテールの後ろ姿に同情したものだ。彼女は、雰囲気にのまれて座ったまま声も出せずに小さくなっている被害者そのものだったから。クラスの誰もが彼女に同情していたに違いない。しかし助け舟を出すほど勇気のある者もいない。……結果として、それは勘違いだったのだが。
勝手に喋り続ける二人を、穂波実は最終的に泣かせた。
ヒートアップしてつかみ合いになりかけながらも返事を迫ったところで、穂波実がすっくと立ち上がったのである。表情を少しも変えずに、彼女は二人の後頭部に手をかけた。
「へ?ちょっと……?」
戸惑う二人に、穂波実は冷徹に告げる。
「仲直り」
犬猿とも言うべき二人の声が重なり、水と油とも言うべき二人の額が穂波実によって「こんにちは」をさせられた。
その時のゴツンッという音は、今でもはっきりと私の耳に残っている。
「ぼ、暴力も頭も使ったな……」
呆気にとられた男子生徒が思わず呟いた言葉を、私はめざとく聞いていた。
怖い者知らずなのか、イッちゃった精神の持ち主なのか。派閥云々ではなくその場の全員が唖然として動けなかったのをよく覚えている。
痛みと下克上ショックで泣きじゃくる二人を前にしても、彼女の表情はなんにも変わらなかった。職員室に連れて行かれる時も。
けれど唯一、親の代わりに学校に呼び出された年の近いお姉さんが来た時だけは、少し反省したような顔つきをしていた……ような気がする。
結局、彼女の活躍?で派閥は解体し、クラスの雰囲気はそれまでのピリピリしたものから、和やかなものに一変した。現在まで一度も派閥復活の機運が盛り上がらないのは、彼女の存在が大きいのかもしれない。当の穂波実自身は心の底から興味が無く、あの一件も後で尋ねたら「横でうるさかったから頭に来た」と解説してくれたほどで。
その時から私はこの子を素直に面白い子だと思い、友達付き合いを始めた。初めこそ微妙な表情の変化を読み取るのに努力を要したが、穂波実の方もうるさい私を避けるような事もしなかった。
事件を機に話しかける生徒も増えていたのだが、そもそも彼女が人を邪険に扱っているところを見た事が無い。あの元番長二人でさえも拒みはしなかったのだから。
彼女はつまり、最初から誰も拒んでいなかった。
ご精読ありがとうございました。