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彼氏と彼女の事情


  佳佑がストローをくわえたままで言ったので聞き取れなかった。

「佳佑君、行儀悪い。何言ってるか分かんないし」

「香華はもう元気になったの、って聞いたんだ」


 大学近くのカフェ。普段は聞かないジャズが耳に心地よい。

 空がオレンジになっても、いつまでも暑いからと逃げ込んだのだが、少し冷房が効きすぎていて、今度はちょっと寒い。


「本調子とは言えないけど、大体は」

 ストローで氷を弄びながら、気乗りしない様子で答える未希。

「そっか。それなら良かった。あれ以来会ってないから、さ」

 あれ以来とはもちろん、鬼の一件だ。


 美梛の処置が良かったのだろう。後遺症も無く持ち直した純夏だが、人前に出るのがまだ少し怖いらしい。特に佳佑に会うのは、まだしばらく時間がかかりそうだ。

 元々積極的な性格ではないし、自らの弱さが招いた災厄だという後ろめたさが強いのだろう。決して純夏のせいではないのだが、自分を責める彼女を見ているのは辛い。


「まあ、やっぱ俺とは会いづらいのかな」

「そうだね。普通じゃないことになっちゃったから……。でも、純夏はむしろ被害者なんだよ?」


 未希は親友の事を本気で心配している。それが分かっているから、佳佑も笑って頷いた。

「分かってるって。俺はなんとも思ってないから。悪いのは香華に鬼の力を与えた黒幕なんだろ?……でも、誰なんだろうな、その許せないヤツ」

 美梛は今の時点では分からんと、それだけしか言わない。しかしあの人の場合、それが本心なのか偽っているのか、佳佑や未希には皆目見当がつかないのだ。本当に分からないのかもしれないが、美梛なら何かシッポをつかんでいるんじゃないかという思いもある。


 未希が思い詰めたような顔でアイスコーヒーを睨んでいると思ったら、

「私を狙ってるのかも」

 なんて言うから、思わず佳佑は吹いてしまった。

「そりゃ考え過ぎだろ。自意識過剰ってやつだな」

「ひ、ひどいなぁ……だって、そうかもしれないじゃん」

 拗ねた表情もかわいいなあと思いながら、佳佑は更に笑う。

「なんで?」

 一応尋ねておくと、彼女は真面目に言う。

「神社って、神様が時々降りてくる休憩所みたいなもんなの。伊勢神宮とか、由緒あるところは常駐してるらしいけど」

 神様常駐って、もっと言い方があるだろお前とツッコミたくなるが、それが未希のセンスなので我慢する。

「結構あっちこっちに神社ってあるでしょ?無人になってるところもあるし。でも神社とかお寺って、明治時代以前にはもっと日本各地にいっぱいあったんだって。それを明治政府が統合して整理したらしいの」


 狙われる理由までは大分遠そうだが、女性の話なんてのはそんなもんだと黙って聞く事にする。


「聞いてる?」

「き、聞いてるよ」

 油断も隙もない。

「でね、その時に歴史の無い神社とか形だけの神社は結構潰されちゃったらしいの。だから、今残ってる神社って、それなりに由緒正しい神社なんだよね」

「ああ、それで?未希んちも由緒ある神社だって……自慢話か!?」

 こらえきれずに「なんでやねん」。

「違うってば。佳佑君もこの前見ちゃったから疑わないと思うけど、物の怪とか妖怪とか、そういうのは少なくなったけどちゃんと居るんだ」

 佳佑とて、それはもう認めざるを得ない。あれだけ見せつけられて信じない方が信じられない。

「あそこまで悪さをするのは珍しいけど、ちょっとした悪戯なら結構あるんだよ?ど忘れとか、典型的。でね、その土地の怪異を抑える役目をするのが、神社だったりお寺だったりするの」

 未希はまるでレンタルしてきた映画のDVDが失敗だったかのような、そんなゆるい調子で言葉を紡ぐ。疲れているのだろうか。

「うちも、本来の役目はそう。会った事無いけど、曾おじいさんの時には結構強い物の怪との戦いもあったんだって。九尾の狐とか」

「いや、ちょ、きゅ、九尾?九尾って、あの有名な悪い狐?俺、現代生まれでホントよかったな……」

 さらっとそんな名前が出てくる会話に、やっぱりジャズは似合わない。

「なるほど。この土地を守ってる神社を攻撃しようっていう妖怪がいるかも、って話か。だから未希が狙われてるかも。そういうこと?」

 疲れたような口調で「ピンポーン」と口を尖らせる。


 しかしそんな話を聞かされても、佳佑にしてみれば実感がわかない、というのが正直なところだ。進路の悩みとか、嫌なヤツがいるとか、そういう話なら慰めも励ましも出来るのだが。

 簡単に「大丈夫だよ」と言うのも違うような気がする。かと言って、付き合って間もない彼女の悩みを無下にも出来ない。


 逆に佳佑が悩んでいると、未希がくすくす笑う。

「そんなに真剣な顔で悩んでくれなくてもいいってば」

「ん?そんなにマジな顔してた?」

「うん」


 それもちょっと恥ずかしいな、と。


 未希にしてみれば、佳佑が自分の突拍子も無い話を受け止めてくれた事が嬉しかった。親族以外では、初めてこういう事を相談できる人が出来たかもしれない。それだけで幸せなんだ、と思う。

「何にやにやしてんだ?さっきまでビビってた癖に」

 佳佑のぶっきらぼうな口調は、照れ隠しだ。

「まあね〜」

 未希はそれが分かっているから、含み笑いを浮かべたままでストローを吸う。

「美梛さんがなんとかしてくれるよ」

「うん。でも、姉さんだけに押し付けてられないから」

「じゃ、俺も手伝う。穂波実ちゃんが許してくれれば」

 あの冷たい半眼を思い浮かべ、佳佑は苦笑する。

「穂波実は佳佑君の事を嫌ってる訳じゃないよ。そんなに子どもじゃないから」

「だといいけど」

 苦笑いを浮かべながら、その裏で「御子神家を狙う物の怪の可能性」については少し心配な佳佑だった。

ご精読ありがとうございました。

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