封印
久々の再開で、新章突入wです。以前より更新頻度は遅くなると思いますが、よかったおつきあい〜♪
風に秋の気配が漂い始めた頃。夕暮れが終わった時間。
人通りの無くなった住宅街の道を人影が進む。
彼の足取りは重く、まるで自らの影を引きずるようにして歩いて行く。その痩せこけた顔つきと空虚な表情は、一見して正常な精神状態ではないと分かる。
「はあ……はあ……」
よれたワイシャツとしわの寄ったスラックスをまとい、ただひたすら前へと進む。
やがて彼は、小さな公園にたどり着く。住宅地の一角に作られた奇妙な形の公園。それは公園の方が住宅地よりもずっと古くからこの町に存在していたことを示している。高層マンションの敷地内に建っていた古い鳥居を撤去せず残すように、区画整理後も敢えてその場に残された公園。
小さな公園の隅に朽ちかけている小さな祠が、その理由である。
錆びついた低い鉄柵が、わずかばかりの緑とコンクリートの世界とを隔絶するただ一つの境界。
明かりが無いために、公園の全体を見渡す事は出来ない。しかし彼は迷う事無く公園の一点、祠を目指す。
この時点で、彼の体は限界に近づくかのように軋みを上げていた。今にも転びそうな不安定な足取りで、それでもよたよたと草を踏み分ける。締まりのない笑みを浮かべる口元からよだれを垂らし、生気を失った目には不気味な光を宿しながら。
対称的に、彼の体からほとばしる力が強さを増す。
彼が歩んだ後には甲高い虫の声さえ、風に溶けて逝く。彼が踏みしめた草は、すぐに生気を無くして茶色く枯れてしまう。
その小さな祠は実にお粗末な古いものだったが、その見てくれに反して、邪悪が近づけぬよう幾重にも封印が施してあった。
「へへ……へへへ……」
力の無い、狂った笑い声がひゅーひゅーと漏れる。祠の封印を何の遠慮も無く破り捨てて行く。触れるたび、自らの手がひどく焦げ付くのも気にならないかのようだ。
無我夢中という言葉はこの瞬間のためにあるのかという時間が過ぎ去り、指先から血が噴き出すと、もう彼の手は間もなく手としての機能を失う。そんな頃、最後の封印を破り捨て、祠の観音開きを力任せにぶん殴る。
大きな、嫌な音がして、右手と木の扉の両方が壊れた。凶気は止まらない。
暗く些末な人の世の隅に忘れ去られた祠の主は、しめ縄を巻かれた石。そしていつまでも輝きを失わない宝剣。
祠の中に足を踏み入れ、彼は倒れた。足が終わりかけている。むしろここまで良く保ったと言うべきなのか。
腕の力だけで這い進む彼には、もはや人間と呼べる理性や知能は残っていないように見える。
木の板すら、ぎいぎいと嫌な音を立てながら彼の侵入を嫌がっている。それでも男の命を張った最後の前進は止まらない。
残った左手が宝剣をつかみ、石に覆いかぶさって、彼は笑う。二千年に及ぶ封印を解くために、笑う。血と煤で汚れた男の顔の奥に白い歯が覗き、さらに向こう側からはそんなものよりもずっと黒い声の塊が次々と溢れてくる。もはや笑顔とも呼べない闇に飾られた壮絶な幕切れが、すぐそこにある。
それは彼の意志なのか。意思があるのだとすれば、彼はまだヒトなのだろうか。
左手は、別の生き物であるかのように宝剣を振りかざす。彼の、生物学的にはまだ生きている、血の通う首をめがけて、彼の左手は——。
聞こえた咆哮は、誰の歓喜の声だったか。
秋が近づく夜の空に、虫の鳴き声が戻る。
ちょっと怖め?w