みなぎおねえたん
結局、何がなんだったのかよく分からないまま、私はまたリビングでイチゴアイスをほおばっている。
鬼になってしまった香華先輩は、美梛お姉ちゃんの特製札で邪気を完全に払われ、元に戻った。完全に体力が戻るのには少しかかるようだが、また日常生活が送れるだけで万々歳だ。
未希お姉ちゃんのケガは右手の打撲だけで済んだらしく、今は疲れて眠っている。
岩戸先輩は、終わった後にすぐ帰ってしまった。『穂波実ちゃん、これからも仲良くしてね』なんて泣きそうな顔で言い残して。意味が分からない。
美梛お姉ちゃんは……目の前でビールを飲んでいる。
「くはーッ!一仕事終えた後のビールはまた、たまらん!穂波実も……」
「いらない」
付き合いきれない。半眼で睨む。
「うまいのに。いいさ、一人で飲むから。いつかは穂波実とも酒を酌み交わしてみたいものだが」
それはしばらく無いだろう。そんなことより、
「お姉ちゃん」
「なんだ、その説明して欲しそうな目は。まあ確かに穂波実は今回、あんまり出番が無かったからな。全体像がつかめなくとも無理は無い」
好きで出番が無かった訳じゃない。
「でもな、世の中何でも教えてもらえると思ったら大間違いだ。自分で調べる事も重要だ。苦労して覚えた事は忘れにくいと言うだろう?」
違う。セリフは真面目だが、この高説を垂れるような口ぶりは決して『姉の真面目』ではない。また私をからかおうとしている。
「特別に教えてやらんこともないが、一つ簡単な条件を出そう」
「条件」
姉は嬉しそうににんまり笑う。酔っている。よくよく考えてみると、さっきから何本空けているんだ、この人?
「そうだ。どうだ、やるか?」
「何を」
「それを言ったらおもしろくもなんとも無いだろう。教えて欲しいんだろ?全部分かりやすく、この美梛お姉ちゃんが丁寧に解説してやるぞ」
意地の悪い笑顔は、いつものお姉ちゃんと言えば、お姉ちゃんだ。だけどそんな挑発に乗るほど、私は愚かじゃない。
「じゃ、いい」
「はああああ?穂波実ぃ〜、愛想が足りないなぁ。もっと自分の新境地を開拓してみたいと思わんのか」
今度は一転して不機嫌そうにぶーぶーと拗ね出す姉は、まるで手がつけられない。面倒になってきた。だいたい、何を開拓させる気だったんだ。
「お休み」
「ちょちょちょ!ちょっと待て妹よ!もう寝るのか?今時小学生だって起きてるだろう。もう少し付き合え」
「寝てるよ。もう12時回ってるもの」
「明日休みだろう?まだいいじゃないか」
「木曜日。普通に学校。お姉ちゃんと違って、早起きしなきゃいけないの」
とどめを刺してやると、口を筆記体の「E」みたいにしながら缶ビールに手を伸ばす。あ、よく見たら発泡酒だ。経費節減って、こういう事か。
「ちぇ〜っ。いいよいいよ。私は一人淋しく飲むから。小さい頃はみなぎおねえたんって言いながら無邪気に遊んでくれたのに、ああ、月日は無情だなぁ。みなぎおねえたんは可哀想だなあ……」
「お休み」
最後にさらっと冷たい視線を送って、階段を上がる。ちょっと飲み過ぎだ。まったく、誰に似たんだか。
ご精読ありがとうございました。