学生食堂
香華純夏:大学生
第一印象は「かっこいい人だな」だった。男の人を見てもあまりそういう風に感じた事が無い自分だが、岩戸君を見た時の感想は正にそれだった。
そう、今年の4月、親友に紹介してもらった時に抱いた感想。
別にタレントのような甘いマスクという訳ではない。ちょっとだるそうな、なんとなく醒めた雰囲気を纏ってはいるが、話してみると意外に優しくて、しかも熱い感情が垣間見えたりする。つい調子に乗って話したマニアックな演劇談を真剣に聞いてくれた時は、少し感動すら覚えた。
彼よりかっこいい人なんてのは、この大学内にだって、探せばいくらでもいるんだろう。
……だからちょっと嫌な予感はしたんだ。もしかして一目惚れなのかもしれない、と。
なんとなく意識をしてからは、もうダメだった。講義中、食事中、帰宅する電車の中、布団に入った時……と、なんとなく彼の事を考えては切なくなってしまう。
自分は、奥手だ。しかも引っ込み思案で人に遠慮する性格だ。道を反対から歩いてくる人がいれば無意識に譲るし、図書館でボールペンをカチカチする人がいれば大人しく場所を変える。あのバスに乗らないと死んでしまうかもしれないという状況になっても、順番を譲ってくれと懇願されたら譲るバカかもしれない。
そんな自分に対し、コンプレックスに近い感情も抱いているのだが、未希あたりに言わせれば「それが純夏のイイトコ」らしい。未希はいい人だからそう言ってくれてるんだろうけど。
恋愛経験なんかは、ほとんど無いに等しい。高校二年の時に物好きな男子と一度だけ付き合ったが、彼から告白されて彼からフラれてしまった。
その時は、まぁそれなりに好きだったし、だから付き合っていたんだけど、なぜだか本気の恋愛とは違うような気もしていた。彼はその気持ちを見透かしてしまって、私から離れて行ったんだろう。
けれど、今回は……いや、今回こそ気のせいであって欲しかった。
親友の彼氏じゃ、ただでさえ臆病な私が手なんか出せる訳ない。親友なら、二人が長く続くように祈れどまさか破局を望むなんて。しかも自分のこのちっぽけな片思いのために?
いや、そんなことを考えてしまう自分にも嫌気が差す。
いけないいけない。悩んだってしょうがない。それよりも、間近に迫った夏休みの旅行の予定と、その先に待ち受ける学園祭の演目を考えなければ。
「純夏!」
水を飲み干したところで、声をかけられた。この声は、未希だ。
振り向いて、心臓が止まるかと思った。
岩戸君だ。
ご精読ありがとうございました。