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鬼の目にも涙

 咆哮。


 恐ろしさと同時に哀しみを感じるのは、まだ純夏の意識が鬼に残っているからだ。これならまだ完全な状態で純夏を助ける事が出来る、と踏む。

「純夏!飲み込まれちゃダメだよ!」

 つなぎ止めようとする未希の声。返事をするように、凶悪な殺気がほとばしる。未希の想いとは裏腹に、鬼の体が前方に弾けとんだ。

 それは、必殺の一撃だった。純夏を助けたい未希は、どうしても純夏を傷つけたくなかったし、この期に及んでなるべく穏便に済ませたかった。


 そんな未希の想いを全て無視する鬼の一撃。身の丈2メートルを越える筋肉の塊が、人の常識では考えられない距離を一瞬で詰めてくる。そして、大上段から振り下ろされる鉤爪。その一本一本が、未希の腕ほどもある。

 金属がぶつかるような音と、今まで感じた事の無い風圧、衝撃。

 とっさに後ろに飛んだ事と反射的に突き出した結界札で、未希の命はつながった。すぐにクロが牽制に入り、鬼の気を散らす。


「し、死ぬかと思った……。あれ?」

 右肘から先がしびれて動かない。あの一撃を防いだと思えば軽い代償かもしれないが、そう割り切れたもんでもない。

「純夏め、元に戻ったらケーキバイキングおごらせてやる!」


 左手でポケットをまさぐる。結界札の手持ちは後二枚。分かってはいたが、現実は厳しい。

「本当はこれで純夏を助けるつもりだったんだけどな」

 走りながら苦笑い。今ではこの二枚をどんなに有効に使っても、なんとか鬼の二撃を防げるだけだ。しかも体の一部を犠牲にして。

「愚痴っても仕方ない、か」

 自分でなんとも出来ないこの状況では、援軍を宛てに時間稼ぎしか方法が無い。情けないが、逃げ回るしか無いのだ。

「クロ、君だけがたよりだよ……」

 距離を取ったつもりだが、あの跳躍力からするとどこまでが安全な距離なのか。せめて武器があれば牽制くらいはできるのだが、無いものはしょうがない。

「ないないづくしだなぁ、もう!」


 式神とは意識下でつながっているから、こちらから改めて指示を出す必要は無い。クロはしっかり主の意図を感じ取って、忠実に鬼を翻弄していた。おそらく彼の本気であれば、戦い慣れていない鬼を殺してしまうことは可能なのではあるが、それをやればもちろん純夏も戻らない。


 月夜の川で、魚が跳ねた。その場違いな光景に、未希は一瞬だけ目を奪われ、その乱れがクロにも伝わってしまう。

 正に一瞬の隙。

 クロを引き離し、鬼は未希の下へ跳んだ。目の前に降り立つ巨大な影。

「や、やば……純夏、ちょっと、落ち着いて……」

 今更、愛想笑いが通用するような相手でもなかった訳で。


 うーん、これはまずいかもなあ。美梛姉さん、穂波実の事よろしくね。あぁ死ぬ前に佳佑君に会いたかったなぁ……。


 刹那、割り込むように男の声。

「香華純夏!!」

 その声の主を探すように、鬼の動きが止まった。その間のお陰で、後ろから追いすがったクロの猫パンチが間に合う。鬼が巨体を揺らしながら吹っ飛んで行く。

「未希!無事なんだろうな!」

 その声の主の姿を街灯の下に認めて、未希は戦慄すら覚える。

「な、なんで佳佑君がここに……!?」

「美梛さんから電話もらった。囮になっても未希を守れって、さ。……右手、怪我したのか?」

 目の前で暴れる鬼を見てなお自分のペースを崩さない佳佑に、未希はもう卒倒しそうな気分になる。

「姉さん、貴女って人は……ッ!!佳佑君、危ないから逃げて!あの鬼、殺す気満々なんだから!」

「そう聞いたらますます逃げてらんないだろ。なんか俺も原因の一つらしいし」

「佳佑君が原因?」

 が、佳佑は歯切れが悪い。

「ま……詳しくは美梛さんに聞けよ。それよかアイツ、大丈夫なの?なんかこっちに向かって来んだけど、さ」

「げ……」

 思わず息を飲んだ。クロを振り切り、純夏が爛々と目を輝かせて走ってくる。手持ちの札で二人を守ることは出来ない。


 にもかかわらず、未希は不思議と絶望していなかった。先ほどまでのイライラも消えている。恋ってのはこういう事なのかもしれない、なんて場違いに考える。

「佳佑君、ごめん。ちょっともう、どうしようもないかも」

 これもまた場違いな苦笑いを浮かべると、佳佑はただ、ああと頷いた。

「任せとけ」

 クロがしつこく追いついて、純夏が足を止め、うるさそうに手を振る。

「未希」

 佳佑は厳しい表情で鬼と式神の戦いを見つめている。

「何?」

「俺のこと好きか?」

「……は?」

 たっぷり間を置いて、未希の目が点になった。


 突然、何を言ってるんだこの人。


「やっぱ一応、自主性を尊重しないと」

「なななな何を言ってるの!?意味分かんないよ!」

「分かるだろ。ちなみに、俺は未希のことが好きだ。なんかね、いつの間にか惚れちゃったみたいで。いやそりゃ最初から、かわいい子だなとは、もちろん思ってたけど、さ」

 少し照れた様子。

 対する未希は。文字通り、絶句。こんな状況で、こんなところで、どうして告白なんて事になるのだ。これは完全に死を覚悟したということなのか?死亡フラグなのか?

 い、いやいや、それより今、佳佑はなんと言った?自分の耳を疑ったのは、いつ以来だ。穂波実がカレーに常軌を逸した量の七味と胡椒をかけて美味しそうに食べていた時以来か。いや、あの時疑ったのは耳ではなく、目と穂波実の味覚だ。あれはひどい光景だった。


「未希、あんま時間無いぞ」

「は、はい!?」

 現実に戻ると、再び純夏の咆哮。強烈なダッシュ。

「フラれた時は別の方法考えてるから、返事聞かせて」

「そ、そんなのめちゃくちゃだよ……」

 なんでそれとこの状況の打破がつながっているのか、どうしても理解できないが、佳佑が冗談を言っているようにも思えない。

「お、おい、そろそろヤバいって。もっかい言うぞ。俺は未希が好きだ。未希は?」

 迫り来る鬼にどんな秘策を用意していると言うのか、佳佑の横顔に焦りが浮かぶ。

 佳佑が自分の事を好きだと言ってくれたのは意外だったし、最近無かったくらい嬉しい。ちゃんと女の子として見ていてくれたということだし。

 で、佳佑の事は、それは好きなんだけど、こんな形で想いを告げていいものかとも思う。でも、ここで「返事はまた今度」って選択肢も無さそうだ。


 追いつめられた未希は、視界がぐらぐらと揺れる想いで、叫ぶように声と息を放った。

 嬉しそうに笑う佳佑。

「オッケー。じゃ、誓いのキスね」

 佳佑の顔が近づいてくる。もう何がなんだか分からない。


 とにかく、目の前で見せつけられた鬼は、つまり純夏は完全に勢いを失った。さっきまでの迫力が嘘のように、ぽかんと立ち尽くしている。

 まるで熱に浮かされたような未希の意識が戻る頃、佳佑は未希から離れ、その鬼を見上げていた。

「わりいな、香華。俺はお前の気持ちには答えてやれない」

「そういうことだ。自分の気持ちくらい、自らの口で語るべきだったんだよ」

 間髪入れずに続ける声。耳に馴染んだやや低めの女性の声で、それは間違いなく姉の声だ。間に合ったんだ。

 いろいろな世の理を無視して、ぺなぺなのお札が一直線に飛んでくる。 大丈夫、自然をねじ曲げるのは美梛姉さんの得意技だから。

 お札は、そのまま鬼の頭に張り付くと、激しく光って鬼の体を包んで行った。

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