実は発泡酒
首筋を汗がつたう。
まったく、夏の湿気と来たら。これでは風呂に入った意味も無い。
ドライヤーもそこそこに、美梛は冷蔵庫へと急ぐ。
「ビール、ビール……」
普段は満面の笑みなど見せないクールビューティ美梛の正体は、ただののんべえである。
「かーっ!たまらん!!」
「親父臭い」
「お、穂波実も飲むか?うまいぞぉ!この世の数少ない天国だ!」
気のせいか、いつもよりもしらっとした視線で姉を見る穂波実。
「それ、何がおいしいの」
そんな醒めた言葉にも、美梛姉ちゃんは上機嫌でぽんぽんと背中を叩く。
「ふふふ、そんな大人びた態度を取っていても、やはり若いな穂波実ちゃん。こいつの味を覚えていくことが、本当に大人の階段を上る事なんだよ?ん?ほれほれ」
妹のほっぺたに缶をピタピタと付ける。妹は迷惑顔だ。そこではたと気がつく美梛。
「ん?未希はどこに行ったんだ?」
風呂に入るまでいたような気がするが。そう言えば夕飯を食べてから二階で調べものをしていたので、その間にどこかにでかけたのか。
「ま・さ・か、愛しの佳佑君のところかぁ?」
「美梛お姉ちゃん」
にかぁっと笑う美梛に、予想通り穂波実が食いついてきた。その厳しい表情に、美梛のにやにやが増して行く。
「おお怖い怖い。まるで般若だな〜」
普段は鉄面皮の穂波実も、未希のこととなるとすぐに熱くなる。
「友達のところに行ったの!」
棘のある声が、美梛のスイッチを入れた。
「何?友達?誰だ?」
「知らない」
穂波実は拗ねたようにぷいっとそっぽを向くが、姉はその肩をつかんだ。すでにいつもの真剣な顔つきに戻っている。
「穂波実、まさか香華のところではあるまいな」
「そう。今日も大学に来なかったし、連絡も取れないからって」
鋭い舌打ちと、それ以上に鋭い視線。自然、手に力が入る。
「あのっ、バカ……!穂波実、出かけるぞ。香華のアパートの場所は知っているか?」
「わ、分かんない。お姉ちゃん、痛い……」
姉の豹変ぶりに、妹は眉をひそめる。
「あぁ、すまん。お前に当たっても仕方ないな。よし、香華のアパートは私が調べておく。穂波実は車の鍵と、未希の刀を準備してくれ。式神も連れて行く」
「刀?式神?危ないの?」
「かなり高い確率で。急げ」
美梛が言うのだからほぼ間違いない、と経験で知っている穂波実は、バタバタとリビングを出て行く。それを見送る間もなく、美梛は携帯電話を手に取る。相手はもちろん未希だ。
出ない……出ない。留守番サービスにつながって、舌打ち。肝心な時につながらない、とはよく言ったものだ。
美梛の調べた結果では、おそらく純夏はそろそろ発症してしまっている頃だ。だから明日当たり行ってみるつもりだったのだが。未希のお人好しな性格を分かっていながら、迂闊だった。
二人目は、出た。夜に不釣り合いな明るい声。
「岩戸か。香華純夏の自宅を知っているか?」
ご精読ありがとうございました。