河川敷球場
河原のグラウンドを気持ちのいい風が吹き抜けていく。
小気味の良い音を立て、ボールが佳佑のミットに収まった。軽い衝撃が左手に伝わる。
右手でボールを取り、軽く投げ返す。
「スーパーキャーーッチ!!」
幸平がなんでもないボールを取って大騒ぎしている。
彼は小学校の頃に野球をやっていたらしい。しかし高校までやっていた佳佑とでは実力差は歴然。手加減して投げないと怪我をしてしまう。
「見たか、佳佑!新庄ばりのウルトラプレーを!」
「あれで新庄なら、俺はフリーザ倒せるわ」
「何をーっ!なら俺は金やんだ!!」
「いや、フリーザと金田正一って、比較にならないよね。そりゃ、金やんは400勝だけども、戦闘力53万は言い過ぎじゃないかな」
「ふっ、あの時代はスカウターが無かったんだ。150キロくらい投げてたかもしれんぞ」
「言っとくけど、スカウターって球速を測る道具じゃないからね。スカウターは今も開発されて無いからね」
「ごちゃごちゃ言ってないで早く投げてこい!……って、ぬおあー!!いきなりシュートはずるいだろーーーーーっ!!」
思いっきり後ろにそらし、幸平が叫びながらボールを追っていく。
「カーブなんだけど」
したたる汗を拭って、ふとベンチを見る。グラウンドから生えた痩せたキノコのような、申し訳程度のベンチ。その上で、念入りにストレッチを行っている未希の姿がある。
「な、何もそんなに本格的にやらなくていいよ。試合じゃないんだから」
「ダメだよ。スポーツを甘く見ると大怪我するよ」
「いや、ってゆーか、ユニフォームかい……」
未希が取り出したのは、レプリカユニフォームだ。そう言えば未希の父親は「万年最下位」「プロ野球のお荷物」と言われて久しい地元球団モールズの大ファンだった。未希自身は人並み程度にしか野球を知らないようだが、きっとグッズには事欠かないに違いない。
「お父さんがいっぱい持ってるから。雰囲気出すために適当に見繕ってきたんだ」
チームの顔であるエース沢倉の名前と背番号が入っているユニフォームと真っ赤な帽子をかぶり、未希は笑う。
と、佳佑の目にデザインではない黒い模様が飛び込んでくる。
「未希、ちょっと待って……こ、これサイン入ってるぞ?」
「え?これ、サインなの?お父さんが酔っぱらって落書きしたのかと思ってた」
えへへと笑う彼女だが、多分それは、選んじゃいけないユニフォームだったかもしれない。無邪気なのか、やはり男のロマンは女には分からないのか。
ボールが帰ってくる。
「お、未希ちゃん似合ってるよー!じゃ、始球式始球式!」
幸平がわざわざ扇の要に腰を下ろす。
「よーし!ピッチャー、御子神くん。背番号じゅ〜はち!」
「ちょ、だからサインユニだって……」
佳佑の言葉には耳も貸さない。なぜか甲子園の独特なウグイス嬢口調を真似ながらマウンドに登る未希。……野球帽の後ろから飛び出したポニーテールがやけに可愛い。
が、佳佑も幸平も見くびっていた。大きく振りかぶった未希の姿は様になっている。
「お……なんか本格的だぞ」
軸足に体重をしっかり乗せて、左足がキャッチャー方向へ踏み出される。抱え込むような左手のグラブの動きに連動して、右手がついてくる。
「げ……ちょっと、未希ちゃん、俺、素人……」
左足に体重が乗ったところで、振り切った右腕から白球がリリースされた。ボールを投げた事の無い人が肩だけで投げる、いわゆる女の子投げとはかけ離れた奇麗なフォーム。自然、球にも力が乗る。
まったく予想をしていなかった球速で、目を丸くした幸平のグラブにズドンとボールが吸い込まれた。
「す、すご……野球、やってたの?」
「ううん。キャッチボールだっていうから、ビデオ見て練習したの」
「あ、ああ、そう……」
ぽかんとする二人を見て、未希がしゅんとなって苦笑いする。
「あ、ゴメンね。やっぱりダメだよね?やっぱりちょっと練習したくらいじゃ、キャッチボールレベルにも行かないよね……」
「いや、キャッチボールどころか、ギニュー特選隊クラスなんだけど」
「ギニュー?」
この努力屋は、いつも佳佑の想像を超えてくる。そんな風に見えないのに、無駄に頑張っている。思わず笑みがこぼれてしまう。本当にカワイイヤツだな、と思ってしまう。
と、ふいにキーンと耳鳴りが鳴る。
時々前触れも無く鳴ったり、気がつくと消えていたり。耳鳴りの原理なんか知ったこっちゃないが、鬱陶しい事この上ない。
なんとなくその耳鳴りの原因がそっちにあるような、妙な不安を覚えて、佳佑は河原の住宅街に目を向ける。
香華純夏のアパートも、確かその辺だったはずだ。どうして未希を通してしか接点もない純夏のことを思い出したのか分からないが、言葉に表せない漠然とした胸騒ぎを感じたとしか言えない。
「佳佑君?」
「ん、何でも無い。暑さにやられたかね……」
ご精読ありがとうございました。