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道場にて

 御子神家には、古い道場がある。先々代——つまり未希の曾祖父にあたる人が熱心な人で、わざわざ敷地内に剣道場を作って近所の子どもをしごいたとか。孫である未希の父親もずいぶん厳しく教えられたらしい。

 父親は祖父の死をきっかけに辞めてしまったが、その子どもの未希は幼い頃からここで竹刀を振ってきた。正確には穂波実が生まれ、母親が亡くなってしばらくしてから、だったか。

 

 御子神家の者は、生まれつき霊力が人より強い。一般には霊感などと呼ばれて、「人には見えないものが見えてしまう」程度のものだが、力が強くなりすぎるともはやその範疇を越えてしまう。

 もちろん未希も一般人に比べれば圧倒的な霊力を持ってはいる。しかしやはり美梛や穂波実に比べてしまうと、だいぶ劣るのが現状だ。

 特に穂波実は百年に一人の逸材とかで、このまま成長して力の使い方を覚えれば日本屈指の祈祷師になれるらしいが、こればかりは先天性の才能なので、未希の努力ではどうしようもない。


 そんな三姉妹の次女という立場。母親が早くに亡くなって。全国行脚で不在がちな父と後継者修行に精を出す姉に変わり、未希が家の切り盛りをしなければいけなかった。幼い未希はそれを理解していた。そしてまだよちよち歩きの穂波実を守らなければならない事も。

 

 『人を守る力としての霊力』が弱い事を恨みもしたが、彼女は自らを鍛える事で御子神家を支える役目を選んだ。

 何やらそっちの才能はあったようで、いつの間にか体育祭で男子に負けないタイムを叩き出したり、剣道3段だったり、様々な流派の剣技を勉強してみたり、挙げ句ぶんぶんと真剣を振り回して特訓したり、おおよそ普通ではないことになってしまった訳だが。

 おかげで中学校の時には、学校を仕切っていた番長と大乱闘の末にぶちのめし、図らずも天下をとってしまったことがある。


「女の子らしい、趣味とか、ないんですか、私は!」


 夕陽の差し込む道場で素振りをしながら、ぶつぶつと呟く未希。その素振りは様になっていて、一つ一つの動きに無駄が無く、正確だった。

 なるべく大和撫子であるように気をつけて来たつもりだが、気がつくとやけに所帯染みた買い物をしていたり、いつの間にか大学生だったり、もう随分長いこと彼氏もいなかったりしている。

「生け花とか、茶道とか、やれば、良かったかな!」

 一応うら若き乙女として、恋から遠ざかっている訳ではない。気になる人は最近できた。何か進展がある訳ではないが、少しずつ打ち溶けていっているような気はする。

 それだけで嬉しいんだから、人間ってのは不思議だなぁ、と思う。

 

 知らず、気分が高揚していく。

 木刀が空気を切る音が、なんだかんだと言いながらも未希の思考を研ぎすます。

 

 やがて目の前にぼんやりと輪郭を形作る人影。ふうっと息を吐いて構えを正す。

 ぴんと伸ばした背筋。それは頭の先から糸で吊るされたようなイメージ。それでいて緊張しすぎず、昂りすぎず。剣の束は握りこぶし一つ分だけ腹の前に。切っ先の延長線は相手の喉元。


 基本にして最強、正眼の構え。……呼吸を、止める。


 小さく静かに、摺り足で距離を詰める。自分と相手の間合いを測りながら。

 頭ではなく体が、互いの必殺の距離を感じる。その瞬間。


「……やあぁぁぁぁッ!!!」

 強烈な気合いとともに踏み込んだ未希の木刀が、中空を漂う幻覚を真っ二つにした。


 

 ふうっと一つ息を吐く。

 と、拍手の音。

「ふえ?」

 今の今まで一人だと思っていた未希の、虚をつかれた間抜けな声が道場に響いた。

「すっげえな。見てる俺が緊張したよ」

 道場の入り口で両手を叩くのは、岩戸佳佑だった。

「け、佳佑君……?いつからそこにいたの?」

「なんかぶつぶつ言ってたあたりかな?それにしても、すっごいな。剣客って感じだよ、未希。俺、思わず見入っちゃったもん。道着姿も様になってるし。やっぱ和服似合うね〜」

 未希はぽかんとした表情で佳佑を見つめる。


 聞かれたかも。めちゃくちゃ恥ずかしい愚痴を佳佑に聞かれたかも。

 未希の顔が夕空に負けないくらい真っ赤に染まって行く。知ってか知らずか、佳佑は能天気に素振りの真似をしながら、

「俺も野球やってたから分かるけど、今のを横のスイングにしたら楽にバックスリーンまでドカーンと……どした、未希?熱でもあんのか?」

「な、なんでもない……」

「そう?調子でも悪いんじゃないの?おいおいあんまり無理すんなよ」

 靴を脱いで上がってくる佳佑。未希は慌てて両手を突き出す。来ないで、のポーズだ。

「い、いいから、大丈夫だよ。なんともないってば」

「このクソ暑いのに気合い入れ過ぎなんだって。少しは加減しなさいって」

「そ、それ以上近寄らないで!」

「なんで」

 なんでって言われても。さっきまでアナタのこと考えてました、なんて死んでも言えない。なんでこの人はこんなに人の心にずけずけと……。

 目をそらして絞り出した言い訳は、

「……あ、そうだ。汗臭いから。ね?」

「バーカ」

「あう……ひどいなあ……」

 一蹴。

「俺は汗臭いプラス超男臭い高校球児だったっての。いや、ありゃあ男が集まりすぎて腐ったような臭いだったな。ってか、今思えば女子マネージャーってすげえな。あんな淀んだ空間に居られるんだから。……ほれ、やっぱ熱あんじゃね?」

 それは、なんてことなく私の額に手を当てる佳佑君のせいなんですけど、と未希は思う。それとも女の子としてすら意識してくれていないのか、とも。

「ちょーずや行くぞ。冷たい水は生き返るぞ〜。ま、本当はビールの方がいいんだけど」

 にっと笑って手を引く佳佑。


 う〜ん、こんな簡単に心を乱しまくるとは、私もまだまだだなぁ……。

お読みいただきありがとうございました。

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