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真夏の考察

岩戸佳佑いわとけいすけ:大学生

栄幸平さかえ こうへい:佳佑の親友

御子神未希みこがみ みき:上記二人の友人

 日差しが容赦なく打ち付ける。

 白壁の巨大な建物がコの字型にそびえ立ち、まるで窓の一つ一つが睨みをきかせているようだ。その並んだ視線の先。とってつけたような西洋風の石畳の広場の真ん中で、小さな噴水がぴゅーぴゅーと水を噴き出していた。

 

 日本の夏は、暑い。アラブとかアフリカとか、日本人が灼熱地獄と考えている地域の人たちが日本にやってくると「日本の夏は暑い」と声をそろえると聞いた。

 気温だけでなく湿度の高さも折り紙付き。さらには飽く事の無い蝉の声が不快指数を押し上げている。町の中に行けば、コンクリートの照り返し、背広の群れ、エンジン音の列、エアコンの室外機、電車の振動。

 とかく、イライラには事欠かない。そりゃ誰が来ても「アツイ」訳だ。

 

 町の中心からはやや距離のある大学の構内。噴水はその中に設置してある、わずかばかりの『涼』だ。だからこんな小さな水場にも、自然と人が集まってくる。

 もちろん、岩戸佳佑もその中の一人だ。いや、隣にはもう一人、栄幸平がエビぞりになって、溜まった水に半分頭を突っ込んでいる。赤く染めた短髪がまるで怒ったワカメのようだ。


「何、してんだ」

「頭冷やしてる」

「だな。お前は少し、頭冷やした方がいいかもな」

 面倒くさそうに答え、佳佑は空を見上げた。梅雨明けしたばかりの青空は底抜けに明るく、今日も太陽の独壇場だ。

「佳佑」

 腐れ縁の友人が、噴水から頭を引き抜いた。切れ長の目が、すでに死んだかのように虚ろな視線を投げかけている。

 何の因果か中学校から同じ道をたどり、地元を離れた大学生活でもコイツが隣にいたり。「やるときゃやる」が口癖だが、佳佑を含め、友人たちの中で彼の本気を見た者はまだいない。

「ん?」

「何か面白い事ないの」

「お前の格好以外で?」

「俺のどこが面白いんだ。真面目にやれ」

「……。次の行政法の講義、先生が日射病で運ばれたから休講だって」

「ソリャオモシレーヤ」


 周りには、淡々と流れる大学生の会話。中には幸平のびちゃびちゃの姿を見て引いている学生もいるようだが、聞こえてくる会話はバイトの話だとか、単位がどうのとか、普段から佳佑達が繰り返している会話と何ら変わりはない。このクソ暑い中、よくもまあそんな話で盛り上がれるもんだと、佳佑は少し関心してしまう。

 何もする気が起きないとは、このことだ。


「佳佑君、幸平君」


 律儀に幸平の名前まで呼ぶこの声。未希だ。涼やかで耳に優しいな、なんて思っていると、幸平はぱっと表情を明るくする。

「やあ未希ちゃん!今日も夏の暑さを吹き飛ばしてくれるねぇ!」

 佳佑には伝わるが、相手にはまるっきり意味不明な発言。どうも幸平は、頭で考えた心境を相手も共有していると勝手に思い込んで喋る癖がある。

 案の定、未希は困惑した笑顔で佳佑を見る。それでも笑っているのが、この子の良いところなのだろう。


 彼女には大和撫子という言葉がよく似合う。決して美人な訳ではないが、愛嬌のある整った顔立ち。最近の若者にしては珍しく、染めた事の無い黒髪を背中まで伸ばしている。そして物腰柔らかな姿勢。実際、彼女には着物がよく似合うと、佳佑は知っている。彼女はこの町で古くから続く神社の娘なのだ。

 そんな穏やかな身なりとは裏腹に男子顔負けの荒事をサクッとこなしたりしてしまうから、「それがまたいい」という人と「アレは変人だ」という部類の男に分かれるところではあるが。佳佑にしても、一ヶ月前に幸平と巻き込まれたあの一件を経験しては、どちらに転んでもおかしくはなかったのかもしれない。


 まあ、本人がどうとも思っていない事なので、これ以上考えない事にする。

「いいよ、コイツはいないものとして考えてくれて。暑さで壊れてるから」

「え!壊れちゃったの!大変だよ幸平君!病院まで送って行こうか?」

 これを本気で心配するのも、彼女の良いところ。まるで戦場でナイチンゲールを見つけた負傷兵よろしく、幸平の顔がにんまりとゆるんでいる。

「ああ、クールで送ってあげて。着払いで」

「どこに送りつける気だコラ!」

「あの世。涼しいらしいよ」

 なるべく余計なエネルギーを使いたくなくて、佳佑は暑苦しいヤツから視線をそらす。

「講義?」

「うん、そうだったんだけど。ちょっと面白くて」

 未希はこれからネタにされる人に、申し訳なさそうに含み笑いをして話し出す。

「ドイツ語の先生、日射病で倒れて運ばれちゃったんだって。それで休講になっちゃった」

 大笑いする幸平を、遠慮なく噴水に突き落とした。

ご精読ありがとうございました。

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