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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

どうやらテンプレな悪役令嬢らしいので、全力で逃げてみた

掲載日:2026/08/20


 わたくし、エミリア・アークス公爵令嬢。普通の会社員だったはずが、どうやら悪役に生まれ変わったらしい。

 王立学院卒業パーティという、これまた王道の舞台で、周囲の令嬢令息たちが息を吞んで見守るホールのど真ん中に立っている。

 目の前で瞳うるうるのぶりっ子ヒロインが、婚約者である第一王子の腕にしがみついていて——王子はお決まりの「婚約破棄だ!」を宣言したところだ。

 

「あー。何百作品もあるってのに。いやコミカライズ含めたらもっとか?」


 前世の記憶が戻った瞬間、思ったのはそれだった。

 飽きないの神様? である。

 そこからはもう、怒涛の突っ込みが止まらなかった。


「殿下。なぜ今宣言したのです?」


 金髪碧眼で整った顔立ちだがそれだけ、の王子に尋ねてみる。

 真実の愛を見つけたとか言われたらどうしてくれよう。

 

「真実の愛を、見つけたのだ!」

「ほんとに、どうしてくれよう」

「何っ!?」

 

 わたくしにも別に、愛はなかった。プライドばかり高く、会話が弾んだ記憶もない。他に好きな人ができたのならば、普通に別れればいい。

 王妃となるべく必死に勉強してきたことは、無駄にはならないだろう。自分で言うのもなんだが、血筋は高貴だし脳みそは悪役令嬢バフで優秀だ。

 そしてきっと、あの辺で「では私と結婚してくれ!」と過去に無意識に助けたと思われるヒーローが待機しているに違いない。あのむやみやたらとオーラを振りまいている、黒髪の男が怪しい。誰だ。


「おっほん。殿下の真実の愛とは、このように衆目のもと相手の女性に恥をかかせることなのですね?」

 

 正直、後から隣国の王太子だの、敵国の皇帝だのに求婚されてもなびく自信がない。

 最初は懐疑的だったけれど、溺愛されてほだされて——のムーブメントも飽きた。

 ここは時間を稼ぎつつ、実は愛していた! パターンも回避だ。


「っ、エミリアとの結婚は進められないと思ったのだ!」

「ですから、なぜそれを陛下の御前とか、適した場所でやろうと思わなかったのです?」

「必ず、シャルロッテを婚約者とするためだっ。公爵家の影響は大きい。シャルロッテに害が及ばぬよう、先に宣言したのだ!」

「殿下。今のご発言、公爵家の名誉を傷つけるものであることは、ご認識ございますか?」

「名誉など傷つけていない!」


 わたくし、溜息が止まりませんの。ふうううううう。


「皆様の前で、わがアークス公爵家がシャルロッテ様を害する可能性がある、と高らかにおっしゃられましたけれど」

「可能性の話だ! 断言してはいない!」

「殿下はわたくしに皆様の前で『婚約破棄宣言』をされるという恥をかかせ、公爵家がご令嬢を害する可能性があると明言されました。目的はなんですの?」

「目的は、婚約破棄だ!」

「王家と公爵家話し合いのもとで進めなかった理由は?」

「っ、できないと、思った!」

「なぜ?」

「アークス公爵家の影響力は、強いっ」

「影響力が強いのはなぜですか」

「財力と、歴史と、あと……」


 王子が言葉に詰まったので、シャルロッテに聞いてみる。

 

「ふむ。シャルロッテ様はいかがです?」


 ——王子の名前、なんだっけっか。思い出せない。多分冒頭のセリフで退場するキャラだしな。ないのかも。そんなわけないか。まあいいやもう関係ない人だし。

 

「……そんなの、知らないっ!」

「なるほど。では、皆様。このようにさしたる理由もなく、婚約者に恥をかかせた人間が国王。学院一年次に必須として学ぶ王国史の基本中の基本すら、知識として持ち合わせない王妃。そんな未来に賛成されるのであれば、どうぞご自由に。わたくし、帰りますわ。ごきげんよう」

 

 ドレスの裾を翻し、そそくさと出口に向かって走る。

 早く逃げないと、追いかけてくるぞ、ヒーローが。


「待て!」


 ほら見たことか。誰なのよ。足を止めたくないので、そのまま馬車止めまで走ります。聞こえないフリです。


「はは、足が速いな。驚いたぞ」


 さすがチートなヒーローです。あっという間に追い抜かれて立ち塞がられました。

 おのれ、卒業パーティだからってなんでヒール履いたのだ自分。


「ぜー。なにか? はー」

 

 ドレスも重い。ふくらはぎがピクピクする。完全に運動不足だ。

 一方のヒーローは重そうな装飾たっぷりのコートにブーツでよく走れるものだ。汗一つかいていない涼しい顔。うらやましい。


「私は、隣国にあるゼム王国の王太子・サイファーだ」


 黒髪に氷のような目をした王子。ということは、彼の肩書には『氷の~』の冠が付くに違いない。


「エミリア嬢。どうか私と、婚約して欲しい」

「だがことわ……ごほごほ。なぜですの?」


 だが断る、を必死に腹に力を入れて耐えると、サイファーは少しだけ口角を上げた。冷たい人が表情をゆるませると、即座に惚れるパターンのやつだな。騙されない。

 

「貴女の聡明さや優しさに、ひそかに惹かれていた。だがすでに婚約者がと思って、見守っていたのだ」


 それってストーカー、と言いたいがまたしてもぐっと我慢する。そろそろ腹筋が限界だ。

 

「お気持ちだけありがたく」

「突然の申し出に戸惑うのも無理はない。追って正式に申し込みに行きたいと思うが、今は送らせてくれないか」


 流れるような動作でわたくしの手を取り、無理やり馬車に乗せるまでがお決まりのパターンだと知っている。

 

「結構ですわ。家の馬車が迎えに来ておりますの」

「エミリア!」

「……お兄さま」


 たたた、と出口方面から走ってくるのは、義理の兄である。

 しまったわたくしとしたことが、ダークホースの存在を忘れていました。

 男児に恵まれなかったアークス公爵家が、傍系から養子として迎え入れた、血の繋がらない兄・マリオット。銀髪碧眼の美麗なルックスであり、当然、過度なシスコンである。


「迎えにきたよ!」

 

 過剰に庇護したがるマリオットが、わたくしに常に影を張り付かせているのは認識していたが、頭から抜け落ちていた。

 後であのテンプレ婚約破棄した名もなき王子、どうなることやら。自業自得ですが。

 

 それよりなにより。

 隣国王子の馬車に乗るか。兄の馬車に乗るか。

 ——究極の選択だ。


 ここまできて、ようやくわたくし、ぴんと来ましたの。

 もしかして、逆ハーレムもの乙女ゲームなのかもしれない、と。

 それもまた本当に、ごめんこうむりたい。


「追いかけてきたら、嫌いになりますわよ」


 びし、と二人の男性の動きが止まった。

 わたくし、自分で決めたい性分ですから。


 幸い学院から自宅までは、乗り合い馬車が使える。

 パーティ用ドレスで乗るのは非常に目立つが、仕方がない。


「一人でゆっくり考えたいのです。申し訳ございませんが、こちらで失礼いたしますわ。ごきげんよう」


 絶句する男性二人に対し、丁寧なカーテシーをしてから、歩き出す。

 貴族令嬢ひとりで歩くのは危険だが、問題ない。マリオットが迎えに来たことで、常に護衛が張り付いているのが、証明された。

 

「まさかだけど、その護衛からも特大矢印がこちらに向いてたり……」


 背中に刺さる視線で、ぞっとする。

 先ほどまで何の気配もなかったのに、いきなり存在を主張してきたということは。

 わたくしの嫌な予感は的中なのではないか。


「お嬢、あの二人と結婚しないのか?」


 馬車広場まで来たところで、耳元で声がした。

 

「ええ。あなたはどなた?」

 

 前を向いたまま問うと、しばらくの沈黙の後、「ヨウ」と答えがあった。


「ヨウ。いつも護衛ありがとう」

「っお嬢の、ためだから」


 姿は見えないが、声音には喜びが混ざっているような気がする。


 ——うん。確信したぞ。これは、逆ハーレムものだ!


 次々現れる男性キャラから特大のベクトルを向けられても、わたくし、戸惑いしかございません。

 問題はあと何人出てくるのかということ。

 権力絶大な隣国の王子、過保護で知性あふれる義兄、戦闘力随一の護衛。


「残るは魔法使いぐらいかしら……」


 そんなことをつぶやいた王都の路地裏で、石畳が怪しく光りだす。いつの間にか、わたくしの足を中心に描かれていた円形の模様は、まるで魔方陣だ。


「しまった! お嬢、逃げろっ」

「ええええええ」


 まばゆい光に包まれ、たまらず目を閉じる。

 大丈夫、乙女ゲームなら命の危機はない……はずだ、と自分へ必死に言い聞かせながら。


「……ははは。まさか罠に嵌るとはな、エミリア」


 低く迫力のある声で名前を呼ばれ、目を開くと、真っ黒な内装で天井からはなぜかシャンデリアの下がった広間に立っていた。

 視線の先、五段ほどある階段の上には、背の高い椅子に座る真っ黒い装束の男性。鋭く赤い目のがっしりとした体型で、頭頂からは角が二本生えている。

 

「え……魔王? 魔王なの?」

「いかにも。魔族の国の王・バルドランである」

「えぇ」


 魔王と知り合いになった覚えはないぞ、と首を捻ると、バルドランが笑いながら告げた、


「幼き頃、小さな黒い生き物を助けたであろう?」

「あー……はいはい。池に落ちてずぶぬれで。お風呂に入れてご飯あげたことがあります」

「うむ。それが余である」


 宣言した後、バルドランは黒い大きな狼のような姿に変身した。

 もふもふもカバーしてるのか。げに恐ろしや。


「一糸まとわぬエミリアの姿。忘れられなかった」

「ぎええええ」

 

 裸を見られていたのもショックだが、フラグを立てすぎの自分にもショックである。

 どうにか逃げる方法はないか、ともふもふを撫でる手に抗えず、黒狼の頭を撫でながら周囲を見回すと——こちらを睨む赤い短髪の魔族と目が合う。背中に大剣を背負い、耳にはたくさんのピアスで口角からは犬歯がのぞく、やんちゃな見た目だ。

 

 ほら。最初は気に食わなかった人間の女に惹かれる俺、どうした!? の矢印が目に見えるようだ。あっはっは。


 笑っている場合ではない。これはいかん。

 心が定まらないうちに奥地へどんどん進んだ結果、全方面にフラグを立てまくってしまっているようなものだ。


「魔王様。人間の女なんかっ」

「ほう? 余に逆らうか、ジン」


 いよいよキャラ名が覚えられなくなってきたわたくし、ひらめきましたの。


 題してかぐや姫作戦、これしかないですわね。


「わたくしと結婚したいのであれば、世界のどこかにあるというユグドラシルの実をお持ちになって。では、ごきげんよう……ジン、家に帰してくださる?」


 今はまだ反感しか持っていないジンならば、素直に家まで送ってくれるだろう。

 

 ——わたくしの潜在魔力に反応した転移の魔方陣で、見知らぬ土地へ飛ばされたものの、王妃教育で培った現地の知識でもって機転を利かせて無事帰宅。そんな働きを見たジンに惚れられるまでがワンセットだ。


「俺も……俺が、手に入れるからな! 待ってろエミリア!」

「あー、はーい……」


 うん。無事に帰宅できたことを喜ぼう。

 こうなってはもう、全員に『わたくしと婚姻したければユグドラシルの実を』手紙を書きまくるしかない。

 文面は全部一緒で宛名だけ変える。切実にコピー機が欲しい。


 *


 三十日ぐらい経ったころ。夢を見た。

 真っ白な空間に一人で立っていると、どこからか声が聞こえてくる。

 

『エミリア! ユグドラシルの実を乱獲されて、神様パワーなくなっちゃったじゃんか!』

「あらら」


 どうやら、神様らしい。

 

『リセットだ、リセットー!』

「やっぱりゲームでしたのね」

『……ふぐう。なんで普通に誰か選んでくれないんだよぉ』

「わたくし、自分で歩きたいんですの。結局殿方の力を借りて成功するような、幸せを約束された運命なんて、まっぴらごめんですわ」

 

 しばらく無言になった神様は、呆れ声で告げた。


『あの世界の男子たち、本当に君のこと好きなんだよ』

「あら。それなら殿方の恋心もリセットしてくださいませ」

『はい、はい。君って本当に悪役令嬢だね! 気に入っちゃったな』

「げげげ」

『大丈夫。目が覚めたら、君の望むような世界になっているはずだよ。難易度めちゃくちゃ上げたから、ちょっと大変だろうけど……ふふ。楽しみだなあ』


 さすがに、神様から逃げる方法を考えるのは、少々難しいかもしれない——。

お読みいただき、ありがとうございました!

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こちらもよろしくお願いいたします!

『転生した原作者、最推し悪役たちをハピエンに上書きする。』

https://ncode.syosetu.com/n6315mc/

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