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えっ、クビ? 婚約破棄もですか? では喜んで帰らせていただきます!

作者: 鷹のつめ
掲載日:2026/07/17

「ルノア殿。これまで貴様の仕事ぶりによって、我がグドニア王国に多大なる貢献をもたらしてもらった。聖女のいないグドニアにおいては、ルノア殿の存在は大変貴重であると重々承知はしているが——」


「グドニア国王。回りくどいですわね、さっさと用件だけ伝えていただきますか?」


「——フッ。だがそれももう終わりだ。本日を以ってライオレット王国からの派遣聖女ルノア殿にはお帰りいただこう」


 突然、玉座まで呼び出されたかと思えばこれだ。

 何やら含みを持った笑みを浮かべてのクビ宣告だった。


「本当によろしいのですか?」


「それはどういう意味かね〜」


「昨今の国家において、聖女の存在がどれほどのものであるかは、陛下もご存知のはずでは?」


 近年、聖女の存在感は日が経つにつれて増している。

 一国に一人以上、聖女の加護で国を守り成長を促すという理念が広まりつつある中、グドニアの王は時代に逆行した動きを見せていた。


「ルノア殿の言い分には同意する——が、最早貴様のような非力な聖女に頼る必要もなくなったのだ。このグドニアにも新たに専属の聖女が来ることが決まったからな」


「ほう…………?」


「故に聖女の恩恵を受け入れるためだけに、我が子息ウィリーとルノア殿が結んでいた此度の婚約も破棄する方向で検討している」


「では——ライオレット王国との縁を切られると?」


「そういうことだ。もう君たちに一方的に搾取されるだけの理不尽な関係性を断つ、という意味でもな」


 私個人の聖女としての力量を愚弄し、我が祖国に対しての発言にも苛立ちが募っていた。

 数少ない聖女という存在において、私はこのグドニアの成長に貢献してきたと自負している。

 国王であるならば、その目でしかと見て来たはず。

 それらを差し置いて、私を非力と称したその理由を私は尋ねた。


「新たな聖女——その者の名を伺ってもよろしいでしょうか?」


「お前では比較にもならんぞ? かの有名な聖女マリンダだ」


 なるほど——そりゃ勝てませんわ。

 一番最初の聖女マリンダの名が出るとは。


「では、分かりました。すぐにでも私はグドニアからを去ります。これを——」


「なんだぁ? その箱は?」


「今現在、私が独自で開発中の聖鉱石ですわ。まだ試作段階ではありますが、これ一つで王が願えば、国全域に聖女と同じ恩恵が受けられるようになりますの」


 まだ完成品ではない試作段階ではあるものの、惜別の品として贈らせていただきます。

——“身を粉にしてでも、国の皆のために”。

 そんな開発理念のもと、何度か実験を繰り返したが、それはまあ素晴らしい結果を残していた。


「この国を思ってのことです。いざという時にお使いください」


「勿体ぶるでない。さっそく使ってみるのも一興か?」


「いえ、これはあくまで最後の手段として、その時は聖鉱石の使用をご一考くださいませ」


「まあ、かの聖女がいる今のグドニアには必要のない物だがな」


 怪訝そうに言い捨てながらも、木箱を大事そうにグドニア王は受け取る。

 聖女マリンダがいる以上は、必要になることはまずない。

 さっきからグドニア王の顔が緩んでいるのも、高値で聖鉱石を売ることを想起してのことだろう。

 分かりやすい方だ。


——聖女マリンダ。


 彼女が起こす奇跡によって救われた人は数多く、世界中で多大なる貢献、功績を挙げられたお方。

 同じ聖女であっても、彼女は憧れや崇拝されるべき存在。

 聖女マリンダであれば、私はお役御免というのは納得せざるを得ませんわね。




「ルノア様、お疲れ様です」


「ええ、ほんとに。大層疲れました……ですから——」


「——あらあら、まるで子供みたいですね。ルノア様」


 荷馬車に揺られながら、祖国ライオレットに向けて帰路に着く道中。

 私の従者として、ともに同行していたセイルに介抱してもらっていた。


「我がライオレット王国とグドニア王国は関係を断たれました。もう終わりです」


「ルノア様もお気の毒で……これまでの経緯のご報告に、ライオレット王との謁見も控えております。さぞ心苦しい胸中であるとお察し致しますが————という感じでもなさそうですね?」


「——えっ……?」


 あれ?

 グドニア王国との橋渡しになるはずであったにも関わらず、その責務を全うできない私の無力さに心を痛め、セイルの膝枕に顔を埋めて涙で濡らしていたというのに。


「——ルノア様。先ほどから泣いているというより、笑って震えていますよね? 発声も嗚咽というには弾み過ぎているように思えますが?」


「まあ、私と致しましてはグドニアとの関係が断たれた瞬間、喜びのあまり叫びたくなる衝動に駆られましたけどね」


「——やっぱり……」


 ここいらが潮時ということなのでしょう。

 むくっと身体を起こして、膝枕の感触を名残惜しく感じながらセイルと向き合った。

 彼は此度の件、納得いっていないようで怪訝そうに私に尋ね始める。


「なぜグドニア王はこのような暴挙に——」


「そうすることで彼には利があると、そう判断したのでしょう。聞いた話では聖女派遣に伴う代金の支払いに、かなりの不満を持っていたようだから」


「まあルノア様もほどほどに、手加減なされては……」


「失礼な。これでも陛下からの命令で、グドニアには融通された金額しか請求してないはずですけど?」


 それでも高いと感じるのは致し方ない部分もある。

 だが聖女の存在が貴重故に、下げるにしても限度はあるし、タダ同然で聖女を貸し与えるのは我らライオレット王国の国益にも反する。

 こちらから切るも、切られるも目先の判断としてはあり得る話だ。


「それでも彼らは手を切ったと。今の時代、どの国も聖女の確保は必須。聖女の数によって、後々の繁栄にも繋がるとも言われてますし、新しい聖女が来るにしても、繋がりをもっていて損はないと存じます」


「単にケチってるだけでしょ。聖女マリンダが来る時点で破格なのだから、彼女一人で十分だと」


「——えッ! 次にグドニアに来るの、マリンダ様なのですか!?」


「グドニア王が言うにはそうらしいわね」


「なら本当にルノア様は必要ありませんね——イタッ!」


 咄嗟に脳天にチョップを入れ、頭を抱えて苦しむセイルに私は話を続ける。


「私はグドニア王から聖女マリンダを招聘したと聞いただけ、直接お姿を拝見したわけではありません」


「なるほど。ルノア様は疑っておいでなのですね?」


「聖女マリンダのお姿を拝見したものはそう多くないと聞きます。かくいう私も直接お目にかかれたことはありません。だって割に合わないじゃない——?」




※ ※ ※ ※ ※




 グドニア王国——新聖女就任の式典。

 ルノアが帰路に着いた後、即刻王城前広場で開催され、大多数の王都市民たちが今か今かと待ち侘びる。

 彼らにもライオレット王国に対する不満は募っていた。


 聖女が必要な人材であることは周知の事実。

 しかしそれを逆手に取り、法外な金額を吹っかけて、多大な利益を上げ続けるライオレットは許せない。

 そのような反ライオレット感情が、国民の中に根付いており、彼らにとっても新聖女就任は喜ばしいことだった。


 全ては狙い通り。

 ルノアを更迭したとしても、王への支持は揺るぎない。


「フッ。ライオレットの聖女のおかげでグドニアが繁栄したなどと思われても癪だからな」


 確かにルノアのおかげで、この国は変革はした。

 街に蔓延る澱んでいた空気は一掃され、生活水準も向上し、民たちの表情は豊かになっていく。

 そうして、ルノアはこの国に受け入れられ始めたが——グドニア王は許せなかった。


「我がグドニア王の地位を脅かす存在など不要だ!」


 グドニア王の反ライオレット感情の工作。

 全てはグドニア王自身に、国民の支持を向けさせるため、ライオレット王国とは縁を切った。

 そして運のいいことに、新たな聖女としてマリンダが専属となり、ルノアと比べても報酬の支払いはおおよそ半値で済む。

 これ以上ない好条件。グドニア王も笑いが止まらなかった——はずだった。


「ど、どういうことだ……これは……?」


 大歓声を浴びせられながら、広場の壇上に登場した聖女マリンダは、深くフードを被ったまま一向に動かない。


「——何をしている……! 早く聖女の力を披露せんか!」


 グドニア王は激昂する。

 それでもフードの聖女は動かない。

 両手を結び、祈るような仕草は見せているものの、その手は震えているようだった。


——何を躊躇っているのか? かの聖女マリンダであれば、簡単なことだろう?


 その後もグドニア王の怒号が周囲へ轟き、広場が騒然とする中、控えていた兵士が彼女に近づく。


「——マリンダ様……?」


「——ッ……! ごめんなさいっ……!」


「お、おい! 待て!」


 突然、フードの聖女は壇上から飛び降りて駆け出した。

 後を追うように、数名の兵士たちも広場外へと走り出す。

 そうして残されてしまった王都の市民たちは——


「これって、まずくないか?」


「本日の祈りはどうなるんだ? 習慣的にやらないと意味がないとルノア様は……!」


「また……戻ってしまうのか、あの辛い生活の日々に…………」


 一部の市民たちは途方に暮れ、沈んだ表情を浮かべる一方で。


「ルノア、ルノアって、もう彼女はいないんだぞ!」


「お前たちが追い出したのだろ! ライオレット王国やルノア様を悪と断ずるような風評を広めて! どうしてくれるんだ!」


「ライオレット王国はいつも好き放題搾取して、いい迷惑——じゃなかったのか? さっきまでルノアに変わって聖女マリンダが来たことを、大層喜んでいたじゃないかよ!」


「はぁ? ふざけんな!」


——まずい、これは実にまずいぞ!


 グドニア王は焦燥に駆られる。

 すでに王城前広場では、市民たちの暴動が起き始めていた。

 

——本来ならここでマリンダの力を見せつける、はずだったのに。


 それどころか、もし彼女が戻ってこないとすれば、今日の祈りの目処すら立たない。

 聖女の力を失い、徐々に衰退していくグドニアの末路は、内乱の末に他国からの蹂躙。

 すでに一度経験していた、あの日々に逆戻りすることをグドニア王は恐れていた。

 しかし——


「皆の者! 安心せよ! 聖女がいなくとも祈りは可能だ!」


 グドニア王は民たちに呼びかけ、注目を集める。

 そして取り出したのは、先ほどルノアから手渡された木箱だった。


「この中には聖女ルノアが、最後に残していった聖鉱石なるものが収められている! これがあれば祈りの代用は可能だ!」


 グドニア王は見せつけるように木箱を掲げ、その様子に民衆からは声が上がる。


——大丈夫。これさえあれば、今日一日は持つ。明日以降、またライオレット王国と交渉してルノアに戻ってもらえれば解決だ。


 さっそく木箱を開けて、中身を取り出す。

 中に入っていたのは、陽の光に照らされて碧色の輝きを放つ鉱石だった。

 この場に集まった皆に見せつけるようにして、グドニア王は聖鉱石を天高く掲げる。


——フッ! これで、聖女と同じ恩恵を。


 グドニア王が願いを込め、聖鉱石によって周囲を碧色に染め上げ、人々を眩ませるほどの輝きに包まれた。

 彼の願いは成就される。

 グドニア王のおかげで、聖女の加護は今日も健在となった。


「はっ、グドニア王…………?」


 側近の男が異変に気付いて、王がいた辺りを探し始める。

 忽然とグドニア王は、姿を消したのだった。




※ ※ ※ ※ ※




——そう、割に合わないのよ。


「もし本当に聖女マリンダであるのなら、ライオレット王国に支払っている代金以上の条件でなければ、彼女も引き受けないでしょ? 最低でも三倍——」


「そうですね。ルノア様との力関係をそのまま金額に比較するなら、三倍じゃきかないかも——イタッ、イタタッ!」


「アンタ、私の婚約者だからって何言ってもいいってわけじゃないからね!」


 連続チョップを食らい、再びうずくまるセイルの姿に、グドニア王と対峙した時の緊張感も薄れ、思わずクスッと笑みを浮かべる。


「私はルノア様の婚約者ではございませんよ? 此度の件の後はどうなるか分かりませんが……」


「——ふふッ、そうね」


 でも、もうすでにライオレット王とは密約を交わしております。

 グドニアと決裂した場合に限り、これまで聖女として利益を上げた褒美として、橋渡しのための婚約を、今後強要されることはなくなる。

 つまりは自分の意思で、相手を選べるようになったのだ。


「これでも体裁は整えているんですよ〜。従者として仕える時は”様“をつけてるんですから〜」


「荷馬車の中まではいいわよ、いつも通りで。それにしても疲れましたわ〜」


「帰ったらしっかりと、癒やさせていただきますね」


 よろしく〜、と荷馬車の中でくつろぎながら、ゆったりとした時間を過ごす。

 私の役目はこれで終わり。

 後はどうなるかしら?

 マリンダを名乗る聖女が、その名の通り力を発揮し、グドニアに更なる躍進をもたらすのか。

 それとも——聖鉱石の力に頼り、グドニア王は贄となっているのか。


——“身を粉にしてでも、国の皆のために”。


 グドニア王がどういう結末を辿るのか、これから楽しみでなりませんわね。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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結局マリンダは偽物だったのかな?
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