あなただけ見つめてる
街が見えはじめたところで、
騎士は足を止めた。
「……そのお姿では、目立ちます」
声は低く、いつもと変わらない。
「私が衣類を調達してまいります。
ここで、お待ちください」
聖者は素直に、頷いた。
「……やっぱ、スーツ目立つんだな」
道から逸れた人目につかない場所を示され、
聖者は腰を下ろしながら考える。
「どうやって治したのか」とか
「力を使えるのか?」とか
一切聞いてこない騎士が
どういうつもりなのか?
信者だからか?
だとしたら、この先は……
戻ってきた騎士の腕には、
衣と靴、そしてマントとフード。
「こちらを」
受け取った聖者は、
その場で着替えようと手を伸ばす。
「――お待ちください」
制止は早かった。
反射で、騎士の手が伸びた。
触れた。
一瞬。
騎士は、火傷したように手を離す。
「……失礼しました」
すぐに頭を下げる。
「私の不注意です。
勝手に触れてしまい……」
聖者は気にした様子もなく、肩をすくめる。
「宿に着くまでは、こちらで」
マントを示し、
「靴と……今お召しのものが、見えないように」
言葉が終わる前に、聖者が動く。
「じゃあ、これで」
フードを被らず、歩き出そうとする。
「お待ちください」
今度は、声に焦りが混じった。
「それでは……危険です」
振り返る聖者。
「危険?」
騎士は一瞬、言葉を探す。
「……黒い髪と、黒い目は」
間を置く。
「この世界には、存在しません
聖者の証として伝わっております」
聖者は、はっきりと固まった。
「……そうなの?」
子供のような純粋な驚きを口にする。
「即座に、聖者と知れます」
聖者は、無言でフードを被る。
「……そういう理由か」
フードをかぶり、うつむいて歩きながら
当たり前のように用事を片付ける騎士の
本心なんてわかるわけないから
今は気にしてもしょうがないと結論付けた。
騎士が手配した、
今日の宿について扉が閉まった途端
聖者は力が抜けたように立ち止まり、
「……寝る」
それだけ言って、倒れ込むように横になった。
意識が落ちるのは、早かった。
騎士は椅子を引き、腰を下ろす。
剣を外し、壁に立てかける。
規則的な呼吸音を繰り返し、
疲れ切って無防備な寝顔を見る。
同行を許された。
それだけの事実が、胸の奥で重く響く。
命令でもお役目でもない。
選択の結果として、隣にいる。
今まで信じていたものが揺らいでいる。
聖者は、力を誇らない。
理解しないまま、振り回されることを拒む。
奇跡を起こしても、喜ばない。
隠し、遠ざけ、管理されることを恐れた。
――どうやって、力を使った?。
問いは、胸に沈めたままだ。
理由は、自分でもよくわからない。
唇の傷を、無意識に舐める口元。
着替えようとしたときに見えた肌。
正面から向けられた視線。
理解できない。
意味づけも、分類もできない。
ただ、目が離れなかった。
なぜだ。
なぜ、視線が逸れない。
なぜ、考えてしまう。
同行を許されたこと。
存在を否定されたこと。
それでも敬意が崩れなかったこと。
そのすべてが、静かに積み重なっている。
騎士は、深く息を吸った。
毛を逆立てた猫のように腕の中で
暴れていた感触を思いだす。
ただ、見続ける。
隣で、起きることを。
夜は、静かだった。




