無力な聖者
子供の呼吸は浅く
顔は真っ赤なのに
手足には血の気がない。
胸が小さく上下するたび、
喉の奥が硬くなる。
生きている。
だが、
今にも途切れそうだ。
――助けたい。
けど、どうやって。
聖者。そう呼ばれているだけで、
無一文で、特別な力もない。
奇跡の出し方なんて知らない。
説明書があるわけでもない。
聖者は背後の騎士に視線を向けずに言った。
「……聖者の力って、どう使う」
返事は即座だった。
「申し訳ありません。わかりません」
聖者は思わず振り向いた。
「……は?」
「歴代の聖者が、
どのように力を行使したのか。
私は存じ上げません」
きれいな謝罪。中身は空っぽ。
その無力さが、腹の底に落ちてくる。
「……聖者の騎士って、
結局、監視が仕事か」
八つ当たりだとわかっていても、言葉が止まらない。
騎士は否定しない。反論もしない。
ただ沈黙だけが残る。
子供が小さく震えた。
聖者は自分の上着に手をかけ、
子供にかけようとして
――止まった。
次の瞬間、重い布が視界に入る。
騎士が、自分のマントを差し出していた。
聖者はそれを受け取り、子供にかける。
最初に連れていかれた
マシな場所へ子供を移し、
窓を開けて空気を入れ替える。
湯を沸かせ、と短く指示する。
栄養をつけなきゃ。
食べ物。水。薬。
金――
焦りだけが増えていく。
せめてできることを、と
持っていたハンドタオルを
湯に浸し、固く絞った。
熱さを確かめてから、
子供の額を拭う。
首。腕。胸。
骨が浮いている。
軽い。
怖い。
ふと、子供のまぶたが動いた。
「……かみ、さま?」
小さな声が落ちた。
「違うよ」
聖者は即答した。
声が掠れそうになるのを、
歯を食いしばって止める。
そこへ、湯桶をもってきた男が
涙ぐみながら
「聖者様が来てくださったんだ!」
子供を安心させようと
泣きそうな顔で笑っていう。
子供の顔が、ほっと緩む。
嬉しそうに、言う。
「……せいじゃさま……ありがとう……」
喉が詰まった。
違う。
違うのに――
この子は、
今この瞬間だけは
救われてしまっている。
聖者は視線を落とし、短く言った。
「……よくなるからね」
それ以上、言えない。
立ち上がって背を向ける。
顔を隠すつもりだった。
でも、熱いものが落ちた。
こぼれるのを止められない。
口から息を吸い込み涙を止めようと
唇をかみしめる。
驚いた顔をした騎士と目が合う。
すぐに顔をそらし、呼吸を整える。
そのとき、金属音のあとに、
膝をつく気配がした。
「必要なものを買ってきます」
騎士の声は低い。
「何が必要か、教えてください」
聖者は鼻で笑いそうになった。
笑えないのに。
「金は」
「ありません」
即答。
聖者は、やっぱりな、
と心の中で吐き捨てる。
「……じゃあ、どうする」
「指輪など、換金できるものを売ります」
「ここのものに渡してもよいのですが、
おそらく買いたたかれます。
金も狙われるかもしれません。」
騎士は続ける。
「あなたが望むものを、
必ず揃えます。
だから、教えてください」
その言葉が、妙に真っ直ぐで。
聖者は初めて、騎士の顔を正面から見た。
「……この世界の食い物も薬も、
俺はわからないから」
声を落として言う。
誰かと一緒に行って」
「買えるなら……
この人達の分も、買ってきて」
騎士の目がわずかに揺れた。
すぐに、深く頭を下げる。
騎士は言った。
「私は、あなたの望みに従います」
――はたして、戻るのは食料か
呼び寄せたあいつらか……
俺にはまだ判断がつかない。




