聖者が連れていかれた”最上”の場所
辿り着いたのは、
村と呼ぶには
あまりにも頼りない場所だった。
神殿から、
そう遠くない場所なのに。
舗装されていない道。
傾いた家屋。
隙間だらけの壁。
人の気配もまばらで、
廃村かと思う場所だった。
まず日本では見たことがない。
聖者は、
無意識に歩みを緩めた。
案内されたのは、
小さな小屋だった。
床は石がぼこぼこ。
壁は黒ずんでいる。
湿った空気。
「……ここ?」
思わず漏れた声に、
賊の男たちが一斉に頭を下げる。
「す、すみません……!
ここが……いちばん、
いい場所で……」
差し出されたのは、
水の入った器と、
固そうな黒いパン。
聖者は、反射的に眉を吊り上げた。
「いらない!」
器を押し返す。
「そんなもん
出してる場合じゃないだろ。
要件は何だ。
何をさせたい」
噛みつくような声。
男たちは、互いに視線を交わし、
おずおずと身を翻した。
「……こちらへ」
通された先で、
聖者は言葉を失った。
子供たちが、寝かされていた。
布は薄く、
身体は細く、
顔色が悪い。
大人も、同じだった。
賊の男たち自身も、
骨ばかりが目立つ。
その瞬間、
理解が、胸に刺さる。
――さっきの部屋が、
ここでの“最上”だった。
――さっきの水とパンが、
出せる“すべて”だった。
喉が、詰まる。
「……」
賊の男が、震える声で言った。
「どうか……
お力を……」
その言葉が、
どれほど無謀で、
どれほど愚かか。
そして――
どれほど他に手がなかったか。
追われれば、極刑。
下手をすれば、村ごと消される。
そこまで考えが及ばないほど、
追い詰められていた。
無策で、
武器もなく
乗り込んでくる。
ただの、
狂信者の愚行だ。
頭では分かっている。
だが、
すがる目の前では、
正論は
何の意味も持たない。
聖者は、目を閉じた。
静かな声。
「俺は、この国に呼ばれただけで、
病気が治せるわけでも
奇跡が起こせるわけでもない
聖者かどうかもわからない」
賊が、息を呑む。
「それでも」
声が震えないよう続ける。
「大したことはできないが
できるだけのことはする。
まずは……
この環境を、どうにかするから
手伝ってくれ」
そう言って、
聖者は袖をまくった。
賊の男たちは、
恐れ多いとばかりに、
何度も何度も頭を下げる。
「無礼を……
非道な手段を……
本当に、申し訳ありません……!」
その光景を見ながら、
聖者の中で、
別の怒りが膨れ上がっていた。
――ここまで追い詰めたのは、誰だ。
さっき神殿で
これみよがしに
自分の前に並べられた
無駄に多かった料理を思いだす。
聖者は、
ゆっくりと振り返った。
そこにいたのは、騎士。
言葉を失い、
ただ現実を見つめている。
「……なあ」
聖者の声は、低く、鋭い。
「お前、身分高いんだろ」
騎士が、はっとする。
「だったらさ」
一歩、詰める。
「政治に関われたんじゃないのか?
何で、ここまで放っといた?」
八つ当たりだ。
こいつのせいではない。
それはわかっているが
言葉が、止まらない。
「聖者が来れば何とかなる?
自分たちは手を汚さなくていい?」
唇を歪める。
「国民だろ。
お前の国の人間だろ」
「守らないのか?」
辛辣だった。
だが、
現実だった。
騎士は、何も言えなかった。
目の前にある光景。
聖者の言葉。
どちらも、否定できない。
剣を握る手が、
わずかに震えた。
“聖者”を
“守る役”であれば
いいのだと。
だが。
守るべき人間は、
こんな場所にいた。
騎士は初めて、自分を省みた。
――”聖者”に盲目な自分たちを
――“委ねる”という名目で、
聖者を矢面に立たせていた
自分たちを
剣では、救えない現実を前に。




