聖者、セキュリティアップデートのお知らせ
ケイが部屋に戻り、ふて寝を決め込んでから数時間後。
日が落ち、森が漆黒に包まれても、
外の気配は消えなかった。
イリアスが優雅にページをめくる音が響く中、
またもヴァンの腕の中で目覚めたケイは
低い声で切り出したヴァンの声に耳を傾ける
「……ケイ、あいつらの話だが」
「無視」
ケイは繋いだままのヴァンの手を無意識にギュッと握る。
「脅せば言うことを聞くと思ってるのが気にくわない。
言ってる事が本当かもわからないし
もし死ぬとしても嫌だ」
「ケイ、現状の認識を合わせよう。
君の身体と魂の状態についてだ」
イリアスは本を閉じ、目を合わせる。
「君という強大なエネルギー(魂)に対し、
この世界の肉体(器)が適合していない。
水と油のように分離しようとしている」
「……分離すると?」
「器が壊れる。つまり死ぬ」
「『継承の儀』とやらは、
おそらく君の魂をこの世界に馴染ませるための作業だろう。」
イリアスは淡々と告げる。
「ケイの嫌悪は理解するし、
ここは俺の結界で消耗も少ない、
ヴァンがいれば死ぬこともない」
「大したことじゃないから好きにすればいい」
ヴァンも手を強く握り返していう
「ああ、問題ない」
イリアスの説明でいうなら、
この世界にローカライズする方法がその儀式とやらなんだろう。
おぼろげな理解ながら、
ケイは最近増えていく眠気の原因が
OSの再インストールが出来てない事による
エラーだったんだと納得する。
確かにこのままじゃ動かなくなるだろう。
ケイは唇を噛む。
神殿の言うなりになるなんて絶対嫌だ。
それならとっとと死んだ方がよっぽどマシだ。
だけど、ここにいる限り、
二人の生活にまで影響を及ぼしてしまう。
それは神殿に人生を歪められた自分が、
ヴァンとイリアスに同じことをしている事になる。
ヴァンが安心させるように手をつかんだまま揺らす。
「ケイ、選択肢はある。
俺たちが神殿を制圧して、
無理やり儀式を行わせることもできる」
「……それ、全面戦争じゃん」
「お前が死ぬよりマシだ」
ヴァンの声は本気だった。
イリアスも簡単にうなずいている。
その重さと温かさに、ケイは少し冷静になる。
この優しい人達にこれ以上迷惑はかけられない。
絶対に巻き込みたくない。
腕の中で固まってしまったケイに、
ヴァンはすぐ決める必要もないし、
疲れただろうから食事にしよう。
風呂の用意もしてくれてるとよ。
と明るく話しを切り上げる。
結界の外。
土砂降りの雨の中。
騎士たちは微動だにせず、跪き続けていた。
その先頭で、泥にまみれながら、
ただ一点、この屋敷を見つめ続ける男がいる。
アルヴィスだ。
その様子を観察していたヴァンは
「あの『犬』は使えるか?」と思い立つ。
「ちょっと躾けをしてみるか」
アルヴィスは瞬きすらせず、
一晩中屋敷を見つめていた。
寒さは感じない。空腹も感じない。
ただ、胸の奥が焦げ付くように痛い。
(死ぬ……?あの方が?)
『迷惑』『帰れ』
意思に反する事はしないと誓ったが、
それでも、立ち去れない。
どんな事でもするし、なんでも差し出すが、
ただどうすればいいかその方法が思いつかない。
翌朝、目の前の空間が揺らぎ、結界がわずかに歪む。
音はしない。
空気だけが、ひしゃげる。
次の瞬間、アルヴィスが庭園の芝に立っていた。
引きずり込まれたというより、
位置をずらされた、という方が近い。
即座に体勢を整え、剣に手をかける。
「落ち着け。確認したいことがある」
ヴァンはアルヴィスの前に立ちふさがり、
諭すように言った。
「……ッ!?まさか……」
アルヴィスは反射的に直立不動の姿勢をとった。
騎士の性だ。
「元王国軍第三師団長……
『鉄壁』のヴァン・エル=ハルト将軍……!?」
数年前、突如として軍を去った伝説の将軍。
武功も名声も投げ打ち、
姿を消した英雄が、なぜこんなところに……。
ヴァンは「今はただの商人だ」といい。
手を伸ばしアルヴィスに清浄魔法をかける。
アルヴィスの全身を覆っていた
血糊と泥が魔法で弾け飛び、
美しい白銀の鎧姿が蘇る。
最早、何色かもわからなかった
髪が美しい金色になってそよぐ。
(なるほど……)
アルヴィスは瞬時に合点がいった。
聖者様がここまで見事に気配を消し、
健康な状態で逃げ延びられた理由。
この男がいたからだ。
この国最強の盾と言われた男が、
あの方を守っていたのだ。
安堵と、自分への不甲斐なさが同時に押し寄せる。
アルヴィスはギリと奥歯を噛み締めた。
「その血なまぐさい恰好で会うつもりだったのか?
ケイは平和な世界の人間だ。
お前のその『必死さ』や『殺気』
あと重すぎる『感情』……
全部、あいつにとっては恐怖でしかない」
「……!」
「嫌がられるぞ。怖がられたいのか?」
図星を突かれ、アルヴィスが言葉を詰まらせる。
聖者を守り、生かし、ここまで連れてきた恩人であり、
今は聖者と自分を繋ぐ唯一のパイプだ。
アルヴィスは剣から手を離し、深く頭を下げた。
「……ご配慮に感謝します、閣下」
「質問だが、なぜケイを追う?」
(ケイ……。今この人はケイとそう呼んだ)
名前を教えて欲しいと頼み
断られたことを思いだし、胸が引きつれる。
「ケイとは聖者様の事でよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだな。知らないのか?」
「断られましたので…」
ヴァンは目の前の
あまりにもわかりやすく
気落ちする若者が少し不憫になる。
確かに出会った当初のケイの様子だと
それもあるかもしれない。
「私は、聖者様と意思に従うと誓い、
側に連れていただけるとのお言葉をいただきましたので、
……いなくなった聖者様を探しておりました」
言葉を詰まらせ、絞り出す。
「なぜ神殿と共に行動を?
最初から連携していたのか?」
「違う!独自で追っておりましたが、
気配を失ってから追う術がなく帯同しただけです」
「神殿がケイの意思にそぐわない要求をしたら?」
「全て斬ります」
即答
ケイと聞くたびに拳を握りしめていた騎士が、
目の中に嫉妬をくゆらせヴァンの目を見据える。
「絶対にあの方に嫌な事を強いたりさせない」
「神殿の兵を殺したと聞いたが、なぜだ?」
「あの虫けらどもの羽音が、
聖者様のお耳に入らないよう払ったまでです」
ヴァンは騎士の空回り感のある想いの強さと、
ケイの蛇蝎のごとく嫌う様を思い出し、
少し哀れに思いながら、
庭園のパーゴラで待つよう指示する。
ただ釘をさすことは忘れない。
「いいか?屋敷を探るな、探知した時点で終わりだ」
「これは俺独自の判断で、ケイの意思ではない。
今からお前と話すか聞いてみるが
拒否されたらそこでおしまいだ」
「ケイが起きたら聞いてみるからそれまで待て」
(……っ!)
(あの方に会えるかもしれない!)
歓喜が胸を震わす。
騎士は手を胸にあて、頭を下げる
「私アルヴィス・フォン・エルンヴァルトは、
閣下の温情に背かない事を誓います」
「名乗りすら遅れてしまった
不躾をどうぞご容赦ねがいます」
ヴァンは思った以上にいい忠犬かもしれないと、
ケイへのプレゼンを考えだした。




