届かない
イリアスは少し眉をあげ、視線を森へ向ける。
結界の内側で外からかかる圧を測り終え、つぶやく
「聖騎士団と聖者の騎士のお出ましか、
さていつまで持つかな」
ヴァンが目をあける。
「移すか。あいつら丸ごと」
「どうとでも。屋敷ごと別の場所に移ってもいいしな」
イリアスは肩を竦める。
「ケイが起きる前に処分しても構わないが、
あの感じだと自分で決めるタイプだろ?」
「起きたら聞いてみて、
こっちに任せるんならその時に排除するさ」
「結界がある事がわかった程度で
何ができる訳でもないし」
イリアスは鷹揚に構えて、
ヴァンに注文していた本をいそいそと読みだす。
「お前もケイが起きるまで寝てていいぞ
わざわざケイを起こすほどの事でもないし」
目を覚ましたケイは、
目の前で本を読みふけるイリアスをぼーっと眺める。
差し込む日の光が髪に反射し、キラキラしている。
しばらく見とれていると、敏く気づいたヴァンが両手を握ってくる。
上を向くと、いつものようにヴァンは起きたかと合図し、
ケイは当たり前のようにヴァンの腕の中にいる事に
最早気恥ずかしさすら感じなくなっていた。
最初はかなり戸惑い、
おっさん相手に考えにくいが性的な要求?
とも思ったが、たぶんこの異常な眠気に対して
俺が気にしないよう何かをしてくれてると気づき、
ヴァンの当然のような態度も相まって
傍目からは勘違いされそうなこのスタイルに
なんの違和感もおぼえなくなっていた。
「おはよう」
イリアスもこの光景になんの疑問も持たないのか、
特に気にする様子もない。
パタリと本を閉じ、
絶妙なタイミングでディルが温かい紅茶を用意する。
ヴァンの腕の中から隣に滑り落ちたケイも、
いつもの昼寝よりさっぱりした感覚に上機嫌で紅茶を楽しむ。
「ケイ、結界の外に神殿からの追跡が来ているがどうする?」
「屋敷ごと移動、排除。どっちもできるけど」
夕飯のメニューを確認する口ぶりでイリアスがつげる。
その気安さに思わずゴホッとお茶がむせ返るが、
ケイの背中をさすりながら
ヴァンもトッピング感覚で足してくる。
「痕跡ごと消せるから心配はない」
「いや、排除って……」
現代日本人の感覚で痕跡ごと消せるは
犯罪の意味しかもたないが、
ここではどういう感覚なのか?
そもそも騎士とかいう職業が軍人なら
今は軍隊に迫られてるっていう解釈でいいのか?
排除してなんてリスクしかない事
他人に気安く頼める事じゃないし……
そもそも一個人と、
頭がおかしいとは言え国の組織と全面対決なんて、
正気の沙汰じゃない。
ヴァンもイリアスもこの国の人間で、
出会って僅かで助けられてしかないし、
ましてやイリアスなんて
今日自分が立寄ってしまったから、
こんな事に巻き込まれた被害者だ。
ケイは、はっきりと首を振る。
「無し」
短く。
「それは無し」
ヴァンは頷く。
イリアスはわずかに笑う。
ケイは窓の方を見た。
「外、どうなってる?
ここに俺が見れるように、映してほしいんだけど」
イリアスが、目を瞬かせる。
「見せる?」
「俺、見えないし」
ケイは防犯カメラのモニターを思いだし説明する。
沈黙。
イリアスは数秒考え、それから口元を歪めた。
「簡単だな」
指を鳴らす。
空間が揺らぎ、窓の前に半透明の膜が張られる。
そこに森の像が映る。
白銀の鎧を纏った騎士たちが隊列を組み
アルヴィスだけが、両手を空中に向け
まっすぐこちらを見ている。
魔法使いにとっては、霊視で済むことだ。
わざわざ像にする必要はない。
だが。
「……なるほど」
イリアスは感心したように呟く。
「使えぬ者に合わせて視覚化する、
か。思いつきもしなかった」
ヴァンは静かに言う。
「共有が早い」
ケイはその像を見つめ、
騎士をみてため息を漏らす。
「排除は無し」
もう一度言う。
「何の用か聞いてくる。
当たり前だけど、家には入れない」
ヴァンが視線を向ける。
「よそ様の家に勝手に来るなって話だけしてくる」
「おれひとりでいいよ。2人は顔見せないで」
といい、結界の境目に運んでもらう。
結界はそのままに
今までただの空間だったところが一部開き
聖者が現れた。
その瞬間。
白銀の鎧が、一斉に武器を置き、地に伏した。
宗教映画みたいだ。
本気の崇拝。
本気の忠誠。
怖い。
鎧が鳴る。
「聖者様」
ケイの背筋が冷える。
本気だ。
演技じゃない。
「……無理」
と嫌悪で表情が歪む。
団長が頭を下げたまま言う。
「聖者様、今あなたのお身体はこの世界に馴染まず
弱られている状態です。
継承の儀を行いますれば、正常に戻りますので
どうか速やかに神殿にお戻りを」
その言葉が落ちた瞬間、ケイの目が冷えた。
「継承?」
「儀式を行わねば、この世界に定着できません」
団長は顔をあげ、
悲しみの表情を浮かべかすれ声で告げる。
「……死んでしまいます」
「定着?」
ケイは笑った。
笑っていない目で。
「神殿で、
儀式しないと、
死ぬんだ?」
沈黙。
「……ふざけんな!!」
「拉致して!
管理して!
従わなきゃ死ぬって脅して!」
「次は何だ!?
薬漬けにでもして
何でも言うこと聞かせる気か!?」
聖騎士団が、凍りつく。
「所有だろ」
声が少し低くなる。
「俺がこの世界にいる条件を、
そっちが握るってことだろ」
白銀の鎧は動かない。
「継承の儀は聖者様を守るための――」
「依存させて、囲って、
逃げられないようにする?」
森の空気が凍る。
アルヴィスの拳がわずかに強張る。
声は荒げない。
だが拒絶は明確だ。
「帰れ」
「よそ様の家の前でたむろってんな。迷惑」
踵を返すと同時に姿が消える。
外には、膝をついたまま項垂れる騎士たちと、
立ち尽くすアルヴィス。
中では、イリアスが小さく笑った。
「手厳しいな」
ヴァンは静かに言う。
「そういう事か……」
部屋に戻ったケイは、
ソファに飛び込み低く呟く。
「無理......」




