聖者は快適
ガタガタと揺れる荷馬車の荷台。
だが、幌の中はホテルのスイートルームのように快適だった。
「すごー……。こんな馬車で、
外は土砂降りなのに、湿気が全然ない」
ヴァンが荷台に空間魔法でしつらえたベッドに寝っ転がり、
サラサラなシーツを楽しむように手を伸ばしながら、
内側からだけ外が見えるようになっている、窓を見上げる。
「お前が言ったんだろう。
『湿度と温度を一定に保て(エアコンつけろ)』と」
ヴァンは手綱を握りながら、
荷台全体に「環境維持結界」を張っていた。
ケイがふと漏らす不満をもとに、
その大本の概念を聞き
「気化熱」「緩衝材」や「断熱材」の理論を、
魔術で再現したのだ。
この一ヶ月、ケイの知識はヴァンの助けになった。
商売はもとより、魔術の構築が桁違いに進歩した。
政治、経済、衛生観念、娯楽。
どれもが、この世界の根幹を揺るがす
「劇薬」足りえる。
さらに、聖者としての力があるのなら、
神殿が彼を囲い込みたがる理由も、わかる。
だが、それ以前に――。
(なぜかケイの体は弱っている)
高位の探索魔法でスキャンすると、
ケイの魂と肉体の結合が、
日に日に緩んでいるのがわかった。
理由はわからないが、
少しずつケイの力が目減りしており
それに比例して、眠る時間が増えている。
ケイの負担を減らそうと、
荷台には空間魔法で休める部屋をこしらえ、
空調はもとより空気清浄を行い、
疲れや体調にも細心の注意を払っているが、
力の減少はとまらない。
結界内にも関わらず。だ。
「ヴァンー、ずっと魔法を使いっぱなしだけど、
魔力、大丈夫?
疲れたりしないの?」
「ん?ああ、問題ない」
ヴァンは涼しい顔だ。
「ケイ、街につくまで寝てていいぞ」
「んー雨だからかな?
ちょっと、眠いかも……」
会話の途中、ケイの首がガクリと落ちる。
ヴァンは馬を自動運転にして
(これもケイの話しを元に編み出した)
部屋へと移り、ケイの手を握り
「治癒」と「活性」を重ねがけする。
毛布でケイをくるみなおすために抱き上げるが
眠りは深くピクリとも反応しない。
(……眠る時間が、また増えた)
この一ヶ月で、ケイの睡眠時間は倍になった。
起きていられる時間が減っている。
ケイも不自然に思っているだろうが、
その不安を口にする事はない。
ヴァンは、ケイが眠っている間に、
できうる限りの治癒をかけ続ける。
彼が枯渇しないのは、ヴァンが自身の魔力を変換し、
治癒として、ケイの力を底上げし続け
「点滴」のように生命力を補っているからだ。
「……手間のかかる拾い物だ」
ヴァンは苦笑するが、その目は笑っていない。
この衰弱は、治癒魔法では完治しないと
悟り始めているからだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ケイはヴァンがしつらえた、
不思議部屋の中でベッドに転がりながら、
ぼんやりとここへ来てからの事を考えていた。
神殿に拉致され、怒り心頭で飛び出したが、
こんなにのんびり、快適に過ごせるとは
地獄で仏とはまさにこの事だ。
いや神殿で嫌な目にあった俺からしたら
神様よりも、ヴァン様、ヴァン様、仏様だ。
なぜ言葉が通じるのか?
字が読めるのか?
という根本的な事から
一度使えた?のか知らないが、
治れの魔法?の発動条件や、
自分という聖者の使い道。
最近増えたこらえきれない眠気
そして、帰る手段。
ヴァンがこまめに充電してくれてるおかげで、
時計機能だけは使えるスマホを見ながら
ここひと月の道程を思い返す。
ケイが最初に泣いたからだろうか、
自分から話すまでは問うことがない
日本の生活を聞き、
あれこれ質問してきては即座に魔法で再現し
ケイが元のように過ごせるように、
と反映させてくれる。
そもそも、この不思議部屋だって、
荷馬車の中にあるのに
なぜか20畳ぐらいの大きさがあり、
ベッドはもちろん、
ソファー、テーブルにお茶セットまであって、
しかも全然揺れないのだ。
御者台から荷台に入ると不思議部屋にいけて、
荷馬車の後ろからだと、
通常の荷台で荷物も詰まれている。
しかも部屋の窓からは荷馬車の外が見える!
もう意味が分からないがすごい!
この不思議部屋が作られた時は、
テンションが上がりすぎて、
ひとりドタバタと何度も出たり入ったりし、
窓から飛び出すと、なぜか荷馬車の中に落ち、
開けたはずの窓はなく、
再度不思議部屋に戻るとやっぱり景色は外のもので、
それをみていたヴァンが窓を大きくし、
右側を開けると、馬車の中、
左をあけると馬車の外に出るという風に改良していた。
もし何かあったら移動がしやすいようにらしい。
この世界の魔法やら魔術やらは知らないけど、
ヴァンってものすごく凄いんじゃ?
思い返せば、自分は従業員のはずなのに、
体格も体力も、こちらの知識も
自分とは比較にならないヴァンは
細々としたことから、
重い荷物まで自分でさっと片づけ、
人前ではフードを取れないケイは
商談の時におかしな数字に突っ込んで、
帳簿を記入するだけの、
楽な仕事で好待遇の破格の身分だ。
必要な物はヴァンが揃えてくれるので
使い道はそうないが、給料だってある。
品と頭のよさと、目端の利き方、
注意の払い方が完璧で、
押し付け感のない
スマートな紳士であるヴァンが
なんでひとりで商人をやっているのか?
と疑問はあるが、訳アリの後ろ暗い感じは一切なく、
そういや、ずっと魔法を使いっぱなしだったと
今更ながら気づき、
年の頃は同じであろう、自分との配慮の差を反省して
ヴァンに声をかける。
「ヴァンー、ずっと魔法を使いっぱなしだけど、
魔力、大丈夫?
疲れたりしないの?」
「ん?ああ、問題ない」
と、こちらに一切、心配の隙を与えない、
余裕綽々の顔で答える。
なんだよ……完璧超人かよ……
もう嫉妬すらおきない。
雨の音と、サラサラのシーツの感触、
完璧超人の完璧すぎる気遣いにほおが緩み
ケイはまただ、と思うことなくまどろみに沈んだ。




