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聖者ですが、拉致監禁されたのでキレています  ――拒まれても、騎士は守ることをやめられない  作者: テレス


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神殿、震撼する

「――聖者様が、おられません」


その一言で、神殿は目を覚ました。


鐘が鳴る。

廊下を駆ける足音。

白衣と法衣が入り乱れ、

朝靄の中でざわめきが膨れ上がる。


最初に満ちたのは、

――恐怖だった。


「どこへ行かれた」

「いつからだ」

「護衛は」

「聖者の騎士は――」


報告が追いつかない。


大神官は、奥の間でそれを聞いていた。

椅子に深く腰を下ろし、

震える指で胸元の聖印を握りしめる。


「……ああ……」


かすれた声。


「聖者様が……

 あのお方が、

 おひとりで……?」


祈りにも似た慟哭だった。


「まさか、賊に……」

「危険な目に遭われたのでは……」


立ち上がり、

深く、深く頭を下げる。


畏れ。

崇敬。

そして、切迫した焦り。


「急ぎなさい」


弱い声だが、命令だった。


「何を置いても、

 まずは御身の安全を」


その時、

別の神官が、蒼白な顔で声を上げる。


「……『水鏡の継承』が」


空気が、凍りついた。


「召喚後の馴染ませが、

 まだ、終わっておりません」


大神官の顔から、

一気に血の気が引く。


「……水鏡が、未了のまま……」


呟きは、

最悪の可能性を正確に言い当てていた。


「この世界は、

 あのお方の身体にとって

 未だ“異物”だ」


「瘴気も、ただの空気ですらも、

 毒として浴びてしまわれる」


誰かが、喉を鳴らす。


水鏡の継承――

それは、

初代の聖者と、初代大神官が定めた保護の儀。


召喚された聖者が、

この世界に身体を馴染ませるための、

聖者の力を理解するための、

最低限にして最大の安全装置。


儀の“手順”は大神官が知っている。

だが、

引き継がれるべき“中身”――

能力の扱い、限界、

過去の聖者たちの顛末――


それは、

聖者と聖者の間でしか伝えられない。


神官が知れば、

管理と乱用に変わる。

だからこそ、

聖者自身が鍵となる仕組み。


それは、

歴代の大神官が

無私の愛で守り続けてきた誓約でもあった。


「……あのお方は」


大神官の声が、震える。


「助けを呼ぶことすら、

 出来ぬまま……」


「急ぎなさい!」


声が、張り裂ける。


「直ちに『聖騎士団』を出しなさい!」

「草の根分けても探し出すのです!」

「聖者様の御身に、

 傷ひとつ付けてはなりません!」


一瞬、言葉を詰まらせてから、

続ける。


「……アルヴィスを」

「聖者の騎士を、探しなさい」

「側にいるはずです。

 あの者なら……」


「ははっ」


全員、深く頭を下げる。


彼らは、聖者を愛している。

行動原理は「保護」。


それが、

聖者にとって

窒息するほどの束縛であったとしても――

彼らは本気で、

聖者の命を案じている。



大神官の勅命で出ていく騎士団を他所に、

薄暗い会議室に、

枢機卿と数名の側近が集っていた。


「……連れ去り、か」


枢機卿は、

報告書に目を落としたまま、呟く。


「都合がいい」


紙を、指で叩く。


「連れ去りなら話は簡単だ」


「被害者は聖者」

「加害者は“不明”」

「我々は救出者」


完璧な筋書きだ。


「……聖者様が、

 ご自身の意思で

 出て行かれた可能性は……?」


別の側近が、慎重に口を挟む。


枢機卿は

笑った。

冷たい笑みだ。


「だから何だ?」



枢機卿は、

感情のない声で報告書をテーブルに投げ出した。

彼らにとって聖者は


「神の愛し子」ではない。


異界から取り寄せた、

高性能な

瘴気濾過装置フィルター」だ。



「聖者は神殿の管理下にあるべきもので

 管理を外れた時点で、“事故”だ」


言葉を切る。


「事故に当人の意思など関係ない」


側近たちは、沈黙する。


枢機卿は、

椅子にもたれかかった。


「むしろ、好都合だ」


「連れ去りなら、

 手段を選ぶ必要がない」


「説得も、配慮も、いらん」


「救出、という名目で

 強制回収ができる」


声に、

わずかな愉悦が混じる。


「一度、自由を知った部品は

 扱いづらくなる」


「……なら」


枢機卿は、

影に控えていた男たちへ視線を向けた。


顔を覆った、私兵。

神殿の外では存在しない者たち。


「“被害者”を、

 確実に回収しろ」


「抵抗があれば、制圧」


「多少の損耗は許容する」



「生きていればいい」

「祈れる程度に」


「歩ける必要もない、

 祈るだけの生活だからな


 …あぁ、喉もつぶすなよ

 お祈りは必要だからな」


「浄化は、“機能”だ。

 生きてれば有効活用できる」


一人が確認する。


「騎士アルヴィスが抵抗した場合は?」


「殺せ。

 所有権を主張する狂犬は、

 飼育に邪魔だ」


「聖者にとって

 “希望”になる可能性がある存在は

 不要だ」


「大神官様の号令だ。

 聖者を連れ戻せ。


 …丁寧にな。」


冷徹な命令が下る。


「大神官様には、

 “穏便に救出を進めている”と

 報告しておけ」


会議室は静まり返り

誰も反論しない。


枢機卿は満足げだった。



彼らは知らない。その命令こそが、

騎士アルヴィスという「最悪の獣」の首輪を、

完全に外す引き金になることを




神殿最深部。

外界から切り離された、魔術書庫。


集っているのは、

神殿における研究部門の中枢――

魔導卿まどうきょうと、

その直弟子たち。


彼らも、

聖者の失踪を聞き、

静かに衝撃を受けていた。


声を荒げる者はいない。

祈りに縋る者もいない。


代わりに、

机の上には広げられた魔術式と古文書。


「……“元の世界に帰せ”」

「その程度の倫理観なら、滅びろ」


老魔導卿は、

聖者が吐き捨てた言葉を、

あえて口にした。


空気が、張りつめる。


一拍。


「あれは、

 “思考停止への叱責”

 だったのではないか……」


別の弟子が、

慎重に言葉を選ぶ。


「聖者様は……

 我々よりも深く、

 この世界のことわり

 見ておられたのかもしれません」


「瘴気を“祈りで薄める”のではなく、

 “構造として分解する”という発想」


「なぜ、

 我々は今まで、

 それを真剣に検討しなかったのか……」


沈黙。


老魔導卿は、ゆっくりと頷いた。


「――怠慢だ」


「探究の徒である我々が、

 “聖者が何とかしてくれる” と

 甘えていた」


「自分たちの手で

 どうにかしようとすら、

 しなかった」


「それは、知の敗北だ」


一人が、

恐る恐る口を開いた。


言葉を探す。


「師よ……

 聖者様は、……“見限った”のでは

 ないでしょうか」


沈黙が落ちる。


老魔導卿は、

ゆっくりと分厚い古文書を開いた。


「……だからこそだ」


視線を上げる。


「戦闘魔術師を伴う、

 探索部隊を編成しろ」


「聖騎士団にも、

 枢機卿の兵の中にも

 我が団員を配置しろ」


「目的は、

 聖者様の安全だ」


「接触できた場合も、

 拘束は一切禁止」


「聖者様のご意思を最優先、

 聖者様の意思に背く

 すべての者からお守りしろ」


「内外問わず、全てからだ」


弟子たちが、息を呑む。


「では……

 我々は、何を?」


老魔導卿は、

静かに言った。


「研究だ」


「聖者様が指摘した可能性」


「加えて、

 異界召喚の逆位相」


「……“帰す”ための術式だ」


弟子の一人が、

はっと顔を上げる。


「本気で……

 元の世界へ?」


老魔導卿は、

迷いなく頷いた。


「当然だ」


「呼び出した以上、

 帰す責任がある」


「これ以上あの方に

 失望される訳にはいかない」


彼らは、

聖者を崇拝してはいるが、

道具としても、

偶像としても見ていなかった。


「もし、

 聖者様が戻られることがあるなら」


老魔導卿は、

静かに続ける。


「その時は、

 我々が“答え”を用意していなければならん」


「あの方の知性に、

 敬意を払うために」


神殿の最深部で、

小さな灯火が灯る。



こうして、

三つの矢が放たれた。



それぞれが、

同じ存在を追いながら、

まったく異なる未来を向いて。

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