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聖者ですが、拉致監禁されたのでキレています  ――拒まれても、騎士は守ることをやめられない  作者: テレス


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13/28

聖者の拒絶

扉の向こうに、気配があった。


宿の廊下はまだ静かで、

朝の光が窓から斜めに差し込んでいる。


朝食を取ろうと、

聖者が扉をあけると

騎士が少し離れた場所に立っていた。


「……もし」

「お話しいただけるようでしたら」

「こちらで」


それだけだった。


聖者は、憔悴しきった騎士の顔をみて

一拍置いてからついていった。


部屋の中は、整っていた。

小さなテーブルの上には、

二人分の朝食。

焼いたパン、

温かい汁物、

果物。

湯気は、かすかに残っている。


疲れは隠せていない。

目の下に、薄く影。


だが、姿勢は崩れていなかった。


「……朝食を、ご用意しました」


丁寧な口調。


「先に、お話がよろしければ」


短く。


「話だけだ」



騎士は、

少し距離を取った位置に立ったまま、

深く頭を下げた。


「昨日の無礼について」


低く、抑えた声。


「弁明は、いたしません」


一拍。


「……あれは、守る行為ではありませんでした」


その言葉を、

誰よりも強く噛みしめているのがわかる。


「己の恐れと、執着を、

 “忠誠”と取り違えた――

 浅ましい振る舞いでした」


聖者は、何も言わない。

騎士は、続ける。


「わたくしの愚かな行いにより、

 御身を、不快と恐怖に晒したこと」


「いかなる理由を以てしても、

 赦されるものではありません」

 声が、わずかに震える。


「……許しを乞う資格すら、

 わたくしには、ございません」


沈黙。


騎士は、一歩、後退した。

剣を床に置く。

音を立てぬよう、慎重に。


そして、

聖者の前で、片膝をついた。


それは、

身分ある者が、

最上の存在にのみ捧げる、

完璧な跪礼(きれい)だった。


「わたくし、

 アルヴィス・フォン・エルンヴァルトは――」


名を告げる声は、

誇りではなく、覚悟に満ちている。


「この名も、血も、身分も、

 過去に積み重ねた栄誉も」


「すべてを、

 あなた様の御前に差し出します」


深く、頭を垂れたまま。

「魂と剣を、

 欺きなく、偽りなく」


「あなた様の御意志の届かぬところへは、

 一歩たりとも、進まぬことを――

 ここに、誓います」


息を整え、

それでも、言葉を止められずに続ける。


「どうか――」


「どうか、

 お側に在ることを、

 お許しください」


「御身の足元の塵を払い、

 影を踏み、

 刃を受ける――

 ただ、その役目だけを」


声が、かすかに掠れる。


「……っ。」


一瞬、

言葉を選ぶ間があった。

だが、選びきれなかった。


「あなた様が、

 “聖者”である前に」


「お一人の方として、

 この世界に在る、その御名を」


「わたくしが、

 口にすることを」


視線を上げる。

縋るようでいて、

それでも、覚悟を宿した瞳。


「どうか、

 その僥倖を――」


「お与えください――」


空気が、張り詰める。


聖者は、

その姿を、無言で見下ろしていた。

怒りはない。


だが、拒絶は、明確だった。


「必要ない」


静かな声。


「呼称が要るなら、

『聖者』で十分だ」


「誓いもいらない。

 俺は、誰かを従わせたいわけじゃない」


「……奴隷も、眷属も、

 欲しくない」


それは、

自分という人間を、

一切“所有させない”という

明確な線引きだった。


一拍。


「……起きろ」


短い言葉。

命令ではない。

赦しでもない。

ただ、

終わりを告げる合図。


騎士は、ゆっくりと立ち上がる。

その瞳に、

失望と、

それでも消えきらない熱が、

同時に揺れていた。


聖者は、テーブルに視線を落とす。

二人分の朝食。

少しだけ、間を置いてから、言った。


「……冷めるぞ」


それだけ。


騎士は、一瞬、言葉を失い――

それから、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」


二人は、向かい合って座る。

会話はない。


ただ、

同じ朝食を取るという事実だけが、

そこにあった。


完全に、捨てられたわけではない。


——その中途半端な距離が、

かすかな希望となって

騎士の胸に落ちる。

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