騎士、間違う
ここへきて対して長くはない時間だが、
久しぶりに、自分だけものを
自分で用意できた事に、
自分で稼いだ金が懐にある事に
それだけで、胸の奥が少し温かい。
奇跡も、立場も、
誰かの庇護もいらない。
宿の階段を上る足取りは、軽かった。
ただ、
話を聞いて、整理して、
理屈で片付けただけ。
(……ちゃんと、仕事したな)
部屋の前でフードを外し、
深く息を吐く。
——よし。
宿の扉を開けた瞬間、
聖者は、息が詰まるのを感じた。
部屋が、暗く重い。
騎士が、椅子に深く腰掛けていた。
傍らには、銀貨と金貨が並んでいる。
「……お帰りを、お待ちしておりました」
騎士の声は、静かすぎて、逆に怖かった。
聖者は、テーブルの上に
ヴァンから得た銀貨の半分を置く。
チャリ、
と、澄んだ音が鳴る。
——その瞬間だった。
騎士の呼吸が、止まる。
視線が、銀貨から離れない。
(……この量を?)
短時間。
無一文。
この世界の事はわからないと
そういっていた——聖者。
脳裏を、最悪の想像が駆け抜ける。
(まさか……)
騎士は、立ち上がった。
距離を詰める。
「……どこで」
声が、掠れる。
「どうやって、これを」
聖者は、少しだけ眉をひそめた。
「仕事しただけだ」
事実を述べただけだった。
だが、
騎士の表情は、さらに強張る。
「仕事……?」
一歩、近づく。
「……なんの、ですか」
騎士の手が、
聖者の肩を掴んだ。
強い。
思わず、体が揺れる。
「……なにをしたのです?」
「私が全て用意しますのに
なぜそのような真似を…?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「……は?」
次の瞬間、
騎士の手が、肩から首元へ滑り、
頬に触れかける。
確かめるような、
異常に生々しい動き。
「晒したんですか…?
そのお顔を…?
お体を…?」
「誰に…」
声が、低く震える。
忠誠ではない。
敬意でもない。
その視線には、
怒りよりも、
”自分の聖域”を失う恐怖が滲んでいた。
その視線に、
聖者の中で、何かが音を立てて冷えた。
(……ああ、これ)
神殿で感じたものと、同じ。
管理。
制限。
所有。
善意を装った、支配。
聖者は、騎士を見上げた。
怒鳴らない。
声を荒らげもしない。
ただ、
絶対零度の目で。
「……放せ」
低く、短く。
騎士は、気づかない。
聖者は、続ける。
「お前は致命的な勘違いをしている」
肩を掴まれたまま、
淡々と告げる。
「俺はお前の所有物じゃない」
「守られるだけの人形でもない」
一拍。
「その“守る”とやらは、
ただの支配だ」
静かに、言い切る。
「——不愉快だ」
聖者は、
掴まれていた肩を振り払った。
騎士が、はっとして手を離す。
その瞬間、
騎士は理解した。
——越えてはいけない線を、越えたと。
聖者は、もう見ない。
「その金は今までの立替分だ」
振り返らないままそう言って部屋を出て、
自分で金でとった部屋に入り
騎士の前で扉を閉めた。
それは、
拒絶であり、
境界線だった。
廊下に残された騎士は、
その場から動けなかった。




