9. 断たれた帰路
第9話をお読みいただきありがとうございます。
ついに国王の前に引き出されるリリア。
助けに来てくれた父たちの想いを知りながら、彼女が選んだのは残酷な道。
リリアが下した「決断」の理由を、どうぞ見届けてください。
王太子妃のために整えられた贅を尽くした離宮。リリアは、その窓から見える自由な空を、ただじっと見つめることしかできなかった。
「……リリアーナ。今日は顔色が少し良いようだね」
背後からかけられた声。振り向くと、ギルバート王子が柔らかな笑みを浮かべて入ってきた。だが、その瞳だけは決して笑っていない。
「私もここで一緒に食事を取ろう」
王子の合図で、銀の盆を持ったセシルたちが動き出す。運ばれてきたのは、リリアの前に並んでいるものと同じ豪華なフルコースだ。
ギルバートは迷うことなく、リリアのすぐ隣に座った。
「……近すぎます」
リリアが椅子を引こうとしたが、彼の腕がすかさずリリアの腰を抱き寄せ、それを阻んだ。
体が触れ合うほどの距離。鼻を突くのは、あの香木の匂い。パン屋で感じていた小麦やイーストの安心感とは真逆の、心臓が握り潰されるような緊張感がリリアを襲う。
「君の隣は、僕の指定席だ。……さあ、食べなさい」
拒絶するように唇を噛みしめるリリアに対し、ギルバートは面白そうに目を細めた。
彼はテーブルに置かれたクリスタルのグラスを手に取ると、中の果実水を一口含んだ。
次の瞬間、リリアの頭が強引に固定される。
「ん……っ!?」
無理やり唇を割って流れ込んできたのは、甘すぎるほど甘い果実の蜜。
逃げ場のない口付けの中で、リリアは涙を浮かべて彼の肩を突き放そうと暴れた。だが、その抵抗すら彼は楽しむように、深く、執拗にリリアの甘さを啜り取った。
「……ふふ。少しは喉が潤ったかな?」
銀の糸を引く唇を指先で拭い、彼は満足げに笑う。その狂気を孕んだ執愛に、リリアが絶望しかけた、その時だった。
控えめな、けれど緊迫したノックの音が響く。
「お二人を陛下がお呼びです。急ぎ、謁見の間にお越しください」
ギルバートは不機嫌そうに眉を寄せたが、すぐに勝ち誇ったような笑みに切り替えた。
「……君の父親が、迎えに来たようだ」
「えっ……父様が!?」
弾かれたように立ち上がろうとしたリリアの手首を、ギルバートが万力のような力で掴み、耳元で低く囁いた。
「勘違いしないで。僕は君を手放すつもりなど、微塵もない。……リリアーナ、もし君がこの城を出るつもりなら、僕は即座に辺境伯を『王族への謀反の罪』で、そしてあのパン屋を『共犯』として拘束する」
「……っ!? そんなの、冤罪だわ!」
「僕が『罪だ』と言えば、彼らは明日の朝を迎えられない。……愛する彼らの命を救いたいなら、自分がどう振る舞うべきか、賢い君ならわかるだろう?」
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謁見の間。
重厚な扉が開くと、そこには並び立つ辺境伯エドワードと、その影に潜むように立つ、大きな体の育ての父の姿があった。
「リリア!」
「リリアーナ!」
二人の「父」が、同時に叫ぶ。その瞳には、安堵と、激しい怒りが宿っていた。
しかし、その前にギルバートが立ちはだかり、リリアの肩を抱き寄せる。
「陛下。……辺境伯が何やら騒いでいるようですが、彼女の意志を無視するのは感心しませんね」
国王が静かにリリアに問いかける。
「……リリアーナ。お前の本心を言え。辺境伯のもとへ、あるいはあの街へ帰りたいか?」
リリアの視界が、涙で滲む。
すぐそばには、自分を救うために命を懸けてくれている二人の父がいる。
けれど、その背後には、彼らを破滅させるための刃を隠し持った王子が、薄笑いを浮かべてこちらを見ている。
(ごめんなさい、お父様……辺境伯様……)
リリアは震える唇を噛み切りそうなほど強く締め、やがて、絞り出すような声で告げた。
「……いいえ、陛下。私は、自分の意志でここに残ります。辺境伯領にも、……下町のパン屋にも、もう二度と帰るつもりはございません」
謁見の間に、凍りつくような沈黙が流れた。
「ここに残る」――。
その言葉は、リリアにとっての自由の終わりであり、最愛の父たちを守るための唯一の手段でした。
自分の心に嘘をつき、檻の鍵を自ら閉めた彼女を、王子はどう迎え入れるのか。
物語はいよいよ後半、歪な家族の形へと進んでいきます。
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