8. 静かなる火花
第8話をお読みいただきありがとうございます。
今回は、娘を奪われた辺境伯・エドワードの決死の謁見シーンです。
王家という強大な力に対し、一人の父として立ち向かう彼の苦悩をご覧ください。
リリアが閉じ込められたのは、王宮の中でもひときわ豪奢な離宮の最上階だった。
そこはかつて「王太子妃」のために整えられたとされる場所であり、間取りは広大な寝室、サロン、そして図書室が回廊で繋がっている。
天井には季節の花々を模した緻密な漆喰細工が施され、床には毛足の長い最高級のカシュマール織の絨毯。猫脚のテーブルや、真珠層で象嵌細工が施されたクローゼットなど、パン屋の娘としての人生では想像もつかないような贅に囲まれていた。
「……ねえ、これ。甘すぎて一口で十分だわ」
豪華な白磁の皿に並んでいるのは、フォアグラのムースにトリュフを添えた前菜や、ハーブとバターでじっくりとローストされた若鶏、そして砂糖菓子のように甘い薔薇のコンポート。
かつての家で食べていた、父様の焼く力強いライ麦パンや、母様の作った野菜たっぷりのスープとは、あまりにかけ離れた「冷たいご馳走」だった。
「リリアーナ様、残されては王子が悲しまれます。一口でも、お口に運んでください」
無表情に給仕をするのは、侍女の制服を着た少女・セシルだ。
彼女は一見華奢だが、その身のこなしに隙はない。リリアが隙を見て窓から逃げ出そうとした際、音もなく背後に立ち、鉄のような力でその腕を掴んだのは彼女だった。
「侍女のふりなんてしなくていいわ。……貴女、私の見張りなんでしょう?」
「……私はただ、リリアーナ様をこの部屋から一歩も出さぬよう、命じられているだけです」
セシルの瞳に温度はない。この美しく飾られた離宮のすべてが、リリアにとっては冷たい石の壁にしか感じられなかった。
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一方、その頃。王宮の正殿――「謁見の間」には、重苦しい静寂が満ちていた。
玉座に座る国王の前に立つのは、辺境伯エドワード・ヴァレンタイン。
長年の戦場での経験が刻まれたその体躯は、鋼のように硬く、威厳に満ちている。だが、その胸中は娘を奪われた怒りと、自らの不手際への激しい後悔で煮え繰り返っていた。
数日前、辺境伯エドワードは、目の前の報告書を握りつぶした。
育ての父であるロルフから届いた早馬の知らせには、最悪の事態が記されていた。
『リリアーナ様が行方不明。貴族風の男性と、黒いフードを被った者たちに連れ去られたとの目撃情報あり』
「……『王家の影』か……!」
目撃情報の様子から、エドワードは即座に察した。そんな手慣れた隠密行動ができるのは、国内でも王家直属の部隊以外にありえない。
エドワードは、今にも武器を手に取らんとする勢いのロルフに対し、冷静さを保って返信を出した。
『下手に動くな。相手が王家であれば、お前が動けば即座に逆賊として処刑される。私が対応する。お前は潜伏していろ』
エドワードは私兵の隠密を総動員し、死に物狂いで娘の行方を追った。だが、その裏付けが取れるより早く、王家から一通の公文書が届く。
そこには、あまりに不可解な「ギルバート王子との婚約打診」が記されていた。
(……なぜだ。なぜ王家が、隠し通してきたリリアの出自を知っている?)
リリアを連れ去った理由も、なぜそこまでして彼女を王子の婚約者に据えたいのかも、エドワードには全く思い当たらない。
エドワードは、真相を確かめるべく、鎧をまとい王宮へとやってきたのだった。
「陛下、恐れながら単刀直入に伺いたい。我が娘リリアーナをあのような形で連れ去り、王宮に置く理由は何でしょうか。そして、なぜ今、婚約の話なのですか」
国王は困ったような、だがどこか憐れむような笑みを浮かべた。
「すべてはギルバートの望みだ、辺境伯。」
「 陛下……私は長年、戦場でお仕えしてきました。もし今回の功績に対する報償として、我が娘を王太子妃に、ということであれば、私の望みは別のところにあります。領地も、地位も、何もいりません。ただ、娘だけは……娘だけは返していただきたい。」
エドワードの必死の嘆願が広大な広間に響いた。
父エドワードの願いは、果たして王子に届くのか……。
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