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3. 秘密の手紙

第3話をお読みいただきありがとうございます。

今回は、遠く離れた戦地から届く手紙のお話です。リリアーナを想う二人の父の絆を感じていただければ幸いです。

それは雨上がりの午後のことだった。


父様は市場へ粉の買い出しに、母様はご近所さんへのお裾分けに出かけていた。


私は一人で二階の書斎……というより、父様の事務机がある物置部屋の掃除をしていた。




「あ、これ。また出しっぱなしなんだから……」




棚の隙間に落ちていた、一通の封筒。



父様が大切にしている革の文箱からこぼれ落ちたらしいそれは、上質な羊皮紙でできていた。


パン屋の納品書には似つかわしくない重厚な雰囲気を纏っている。




「……辺境伯家、の紋章?」




母様から厳しく教え込まれた教養が、私の指先を止めさせた。


二本の剣と盾をあしらった銀の刻印。それは、今王都を騒がせている「英雄」辺境伯エドワード・ヴァレンタインのものだ。




いけないと思いつつ、手紙の内容に目を通した私は息を呑んだ。





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親愛なるロルフへ


戦況は激しさを増しているが、変わりはないか。過酷な環境のなか、我が娘リリアーナを長きにわたり守り育ててくれているお前の忠義と献身に、心から感謝している。


定期的に送っている支援金は無事に届いているだろうか。商人に託しているが、もし不足があれば遠慮なく申せ。


リリアーナには、不自由のない暮らしをさせてやりたい。あの子が健やかに、笑って過ごせていることが、戦場にある私の唯一の救いなのだ。


ようやく、この長く苦しい戦争も終結の兆しが見えてきた。あと一息で、すべてを終わらせることができるだろう。


無事に終戦を迎えたあかつきには、すぐにでもお前たちの元へ会いに行きたい。娘の成長を、そしてロルフ、お前達夫婦の無事な姿をこの目で確かめる日を、何よりも楽しみにしている。


その時まで、どうか三人とも無事でいてくれ。



ヴァレンタイン辺境伯 エドワード

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「……え?」




指先が震え、手紙が床に滑り落ちた。


リリアーナ?

それが、私の本当の名前?



『敵兵からリリアを守った時に目をやったんだ』

父様がいつも誇らしげに語っていた、右目の大きな傷跡。


『貴女はいつ誰に見られても恥ずかしくないようにしなさい』

パン屋の娘には不釣り合いなほど、母様が叩き込んできた完璧なマナー。




すべてが、カチリと音を立てて繋がっていく。


「私……辺境伯様の、娘なの?」


今まで信じてきた「パン屋のリリア」という世界が、足元から崩れていくような感覚。


大好きだった父様も、母様も、本当の両親ではなかったということ?


二人は、主君からの「命令」で、私を守るために家族を演じていただけだったの?




(……嘘。嘘よ。何かの冗談だわ!あんなに優しく笑ってくれたのに。あんなに厳しく、でも温かく抱きしめてくれたのに!)




頭の中が混乱した私は、手紙を握りしめたまま、たまらず店を飛び出した。


外は再び雨が降り始めていたけれど、構わなかった。



けれど、焦りで足を取られた私は、濡れた石畳に足を滑らせてしまった。



「きゃっ……!」



転ぶ、と思った瞬間。

背後から伸びてきた力強い腕に、私の体は強引に引き寄せられた。


鼻を突いたのは、雨の匂いと、微かに香る高級な香木の匂い。



「……捕まえた。やっと、僕のところに来てくれたね」



耳元で、低く、ねっとりとした甘い声が響く。

顔を上げると、そこには美しいけれど、底の見えない闇を湛えた瞳があった。





「君を『粉まみれのおばあさん』と呼んだらわかるかな。……ねえ、もう逃さないよ。君が誰であっても、僕は君を僕のものにするんだから」





それは、十年前に私を馬鹿にした、あの「生意気な少年」の成長した姿だった。




けれど、今の彼の瞳に宿っているのは、幼い頃の悪戯心などではない。


獲物を追い詰めた獣のような眼光だった。

辺境伯とロルフ。リリアーナを愛する二人の父の想いが交錯する回でした。

しかし、このささやかな幸せを、ある人物が許してはくれないようです……。

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