17. 狂気は再び育まれる
ついに最終回を迎えました。ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
ギルバートとの間に第一子が生まれてから、瞬く間に数年の月日が流れた。
王宮の奥深く、花々が咲き乱れる離宮の庭園には、今や三人の子供たちの賑やかな声が響いている。
長男はギルバートに似て凛々しく、長女はリリアの面影を色濃く残して愛らしい。そして、末っ子の第二王子は、驚くほどギルバートに瓜二つだった。
「リリアーナ、今日も子供たちと一緒か。」
背後から伸びてきたギルバートの腕が、当然のようにリリアの腰を抱き寄せる。
国王となった彼は、今でも執着を隠そうともせず、人前でも憚ることなく妻を独占した。
リリアは、彼の胸に背中を預け、優しく微笑む。
「ええ。この子たちが、私の宝物ですから」
かつてのパン屋の娘としての記憶は、今や遠い異国の物語のように薄れていた。時折、実家から届く手紙や、国境を守る辺境伯からの報告に胸を痛めることはあっても、リリアの心は王宮の中で、ギルバートの愛という名の毒にすっかり絆されていたのだ。
だが、そんな穏やかな日々の中で、リリアが唯一、背筋を凍らせる瞬間があった。
それは、自分にそっくりな第二王子の瞳に、かつてのギルバートと同じ「光」を見たときだ。
第二王子は幼いながらに聡明で、周囲の大人を驚かせるほどだった。しかし、彼が一度「自分のもの」と決めた玩具や書物、そして母であるリリアに向ける眼差しには、幼子らしからぬ異様な独占欲が宿っていた。
「お母様、僕以外の男の人に笑いかけないで。……お父様であっても、嫌なんだ」
無邪気な顔で、けれど一切の冗談を許さない冷徹な声で囁く息子の姿。リリアはその瞬間、逃れられない呪いが次世代へと継承されたことを悟り、激しい恐怖に襲われる。
その「予感」は、第二王子の十歳の誕生を祝う夜会で、ついに形となった。
豪華なシャンデリアが輝く大広間。
王室の者として紹介される子供たちの中で、第二王子の足が、ある一点で止まった。
その視線の先にいたのは、彼と同い年の、まだ幼さの残る伯爵令嬢だった。
彼女は、賑やかなパーティーの隅で、楽しそうに果実水を口にしている。その一点の曇りもない真っ直ぐな瞳。
第二王子の瞳が、獲物を見つけた猛獣のように、ぎらりと歪んだ光を放った。
リリアは、息子のその表情に、既視感を覚えずにはいられなかった。あの日、パン屋の裏口で自分を見つめていたギルバートと、全く同じ渇望。
「……ねえ、お母様。あの女の子、とても素敵だね」
第二王子は、リリアの手をギュリと強く握りしめた。その指先の力強さは、もはや子供の甘えではない。
「あの子を、僕だけのものにしたい。……どうすればいいかな。お父様なら教えてくれるかな?」
リリアは震える唇で、何も答えることができなかった。
愛という名で誰かを壊し、自分だけの檻に閉じ込める。
その残酷な連鎖は、止まることなく、また新たな「獲物」を求めて動き出そうとしていた。
リリアは、隣で満足げに息子を見つめるギルバートの腕に、ただ縋り付くことしかできなかった。
黄金の檻の中で、狂気は美しく、そして永遠に受け継がれていく。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
逃げ場のない檻は、いつしかリリアにとっての「世界」そのものとなりました。
ギルバートの執着は子供たちへと形を変えて受け継がれ、この物語はまた新たな連鎖を予感させて幕を閉じます。
本作を最後まで応援してくださった読者の皆様に、心からの感謝を込めて。




