16. 誕生
第16話をお読みいただきありがとうございます。
激しい痛みの末に、ついにその時が訪れます。
檻の中に産み落とされる、新しい命。
それはリリアにとっての希望の光か、それとも逃れられない運命を決定づける最後の楔となるのか。
王宮が最も緊張に包まれた、ある夜の記録です。
結婚の儀を終え、名実ともに夫婦となってからも、ギルバートの執着が衰えることはなかった。
むしろ、逃げ場のない「公認の仲」となったことで、その愛はよりいっそう濃密にリリアを包み込んでいった。
夜、広大な天蓋付きベッドの中で、ギルバートはリリアを壊れ物を扱うように抱き寄せ、幾度も幾度も、髪や頬に柔らかな口づけを繰り返した。
「……殿下、今は大事な時期ですから。お医者様からも、控えるように言われています」
リリアがその胸を手で押し、弱々しく拒むと、ギルバートはふっと力を抜いて、彼女の首筋に顔を埋めた。
「わかっているよ。そんなことはしない。……ただ、こうして君に触れて、君の鼓動を感じていたいだけなんだ」
かつての狂気的な強引さは影を潜め、今の彼が向けるのは、ひたすら甘く、深い慈しみだった。
リリアはその温もりに包まれながら、自分が少しずつ、この檻の心地よさに馴染んでいくのを自覚していた。
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季節が巡り、リリアの腹部がはち切れんばかりに膨らんだ頃。
王宮は隣国からの重要な使節団の対応に追われ、国を挙げての緊張感に包まれていた。
ギルバートもまた、次期国王としての責務を果たすべく、連日連夜の会談に臨んでいた。
そんな折、ついにその時が訪れた。
「……っ、ああ……!」
昼下がりの居室で、リリアを鋭い痛みが襲う。
すぐにセシルをはじめとする侍女たちが動き出し、産室が整えられた。けれど、そこからが長い苦しみの始まりだった。
日は沈み、再び昇り、窓の外の景色が何度も色を変える。
陣痛の波が押し寄せるたび、リリアは意識が遠のくほどの激痛に耐え、シーツを握りしめた。
「リリアーナ様、頑張ってください! あと少しです!」
セシルの励ます声も、遠くの霧の向こうから聞こえるようだった。
パン屋で重い粉の袋を運んでいたあの頃の体力も、今の衰えた体には残っていない。けれど、腹の中で力強く跳ねる命の鼓動が、彼女を繋ぎ止めていた。
そして、丸一日近くに及ぶ凄絶な難産の末。
静まり返った産室に、火がつくような産声が響き渡った。
「……おめでとうございます! お健やかな、玉のような王子様です!」
血の気の引いた顔で、リリアは差し出された小さな命を見つめた。
自分を縛る鎖であり、同時に愛おしくて堪らない、自分とギルバートの血を分けた子供。
その頃、使節団との晩餐の席にいたギルバートのもとへ、早馬の報告が届いた。
「第一子誕生。男子。妃殿下、御子共に御無事」
その瞬間、冷徹な外交官として振る舞っていたギルバートの顔から、すべての余裕が消え去った。
彼は同席していた者たちに一礼する間も惜しむように席を立ち、王太子宮へとひた走った。
「リリアーナ……!」
扉を乱暴に開けて飛び込んできたギルバートは、疲れ果てて眠りに落ちかけていたリリアの枕元に膝をついた。
その瞳からは、あふれんばかりの涙がこぼれ落ちていた。
「君が……君が無事でよかった。本当に、本当によかった……!」
彼は子供よりも先に、リリアの細くなった手を握りしめ、何度もそこに口づけを落とした。
王子が人目も憚らずに涙を流す姿に、周囲の侍女たちも息を呑む。
「……殿下。……この子が、私達の……」
「ああ、僕たちの宝物だ。ありがとう、リリアーナ。愛している、心から……」
リリアは、自分を抱きしめる王子の腕の中に、抗いようのない安らぎを感じていた。
自分を攫い、家族から引き離した男。
けれど今、目の前で子供のように泣きじゃくり、自分を求めて止まないこの男を、リリアはもう憎むことができなかった。
彼女は震える手で、ギルバートの濡れた頬をそっと撫でた。
自由な空の下でパンを焼く日々は、もう二度と戻らない。
けれど、この歪な愛の檻の中で、彼女は新しい「幸福」の形を見つけ始めていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
生まれた赤子の泣き声を聞いたとき、リリアの心に去来したのはどのような感情だったのでしょうか。
次回、いよいよ物語は【最終話】。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!
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