15. 結婚式
第15話をお読みいただきありがとうございます。
鳴り響く祝祭の鐘、降り注ぐ花の雨。
ついに執着の果てに、ギルバートはリリアとの婚礼の日を迎えます。
誰もが羨む「シンデレラストーリー」の裏側で、ヴェールに隠されたリリアの瞳は何を見つめているのか。
逃げ場のない、美しき儀式の幕が上がります。
結婚式は、リリアのお腹がまだ目立たないうちに、急ぎ足で執り行われた。
初夏の陽光が降り注ぐ王宮の聖堂は、数多の白い花々で飾られ、パイプオルガンの荘厳な音色が空気を震わせていた。
リリアの身を包むのは、最高級のシルクと、王家の宝飾師が数日徹夜で仕上げたという真珠のベール。
鏡の中に映る自分は、パンを焼いていた頃の面影など微塵もない、完璧に作り上げられた「貴婦人」そのものだった。
「……行こうか、僕の妃」
ギルバートが、愛おしげにリリアの指先に口付けをする。その瞳は、これまでの狂気的な鋭さが嘘のように、穏やかで幸福に満ちていた。
神前へと続くレッドカーペットを進むリリアの視界に、貴賓席の面々が入る。
そこには、拳を握りしめ、娘の行く末を案じて苦悶の表情を浮かべる辺境伯夫妻がいた。
そして、その後ろに立つ護衛騎士。
銀の甲冑に身を包んだ「父様」と、その傍らで侍女の制服を着て、唇を噛み締めながらリリアを見つめる「母様」。
二人はこの日のために、辺境伯の配下として城内へ入る許可を、必死の想いで取り付けたのだ。
(ああ、お父様……お母様……)
リリアの足が、一瞬だけ止まりかける。
二人の瞳は、今でも「逃げろ」と言っている。今ならまだ間に合う、すべてを捨てて、あの小さなパン屋へ帰ろうと。
だが、リリアは彼らの視線から逃れるように、一歩前へ踏み出した。
その手は、隣を歩くギルバートの腕を、無意識のうちに強く握っていた。
「……ヴァレンタイン辺境伯令嬢、リリアーナ。汝は、この者を夫とし、生涯愛することを誓いますか」
神官長の厳かな問いかけが、高い天井に響き渡る。
リリアは、自分を見つめるギルバートの瞳を見た。
あの日、私を粉まみれだと笑った少年。
あの日、私を力ずくで檻に閉じ込め、家族の命を盾に自由を奪った男。
彼が私にしたことは、決して許されることではない。理不尽で、残酷で、独りよがりな支配。
それなのに。
(……どうして。この人が私を見て笑うと、こんなに胸が温かくなってしまうの?)
彼が私の髪に触れるとき、その熱に安堵してしまう自分がいる。
彼が国の執務に打ち込む孤独な背中を知ってから、その重荷を一緒に背負いたいとさえ思ってしまう。
腹の中に宿った命が、その「愛」という名の錯覚を、否定できない事実として形作っていた。
「……はい。誓います」
リリアの声は、一度も震えなかった。
その瞬間、ギルバートの顔に浮かんだのは、子供のように無垢な、救われた男の表情だった。
彼はリリアを抱き寄せ、神の前で深い接吻を交わす。
背後で、育ての父様が絶望に顔を歪めるのが見えた。
母様が、涙を流して顔を伏せるのも。
けれど、リリアはもう振り返らなかった。
荘厳な拍手と歓声の中、リリアは自らギルバートの腕に身を預け、黄金の檻の奥へと、一歩ずつ進んでいく。
こうして、パン屋の娘としての「リリア」は死に。
美しくも歪んだ愛の結晶を宿した、「王太子妃リリアーナ」が誕生した。
式は、一点の曇りもなく、つつがなく執り行われた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
万雷の拍手の中で交わされた誓いのキスは、リリアにとって永遠の服従を意味するものでした。
黄金の冠は重く、彼女をこの地に縫い止めます。
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