13. 2人の父親
第13話をお読みいただきありがとうございます。
ついに明かされる、二人の父が抱えていた「嘘」と「真実」。
守るために遠ざけた実父と、守るために父を演じた騎士。
それぞれの愛の形が綴られた手紙がリリアの元に届きます。
その日、ギルバートは、まるで慈悲深い神にでもなったかのような顔で、一通の封筒を差し出した。
それは、当然のように封が切られ、彼によって隅々まで検閲された後のものだった。
「君の父親たちからだ。あまりに熱心に君を案じているから、特別に届けてあげたよ」
震える指で取り出した封筒の中には、二枚の便箋が入っていた。
一枚目は、実の父である辺境伯エドワードからのもの。
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愛するリリアーナへ。
これまで一度も会いに行かず、お前をロルフに託し、その出自を隠し続けてきた私を恨んでいるだろう。だが、それは熾烈な権力闘争のなかで、お前の存在が敵に知られ、命を狙われることを何よりも恐れたからなのだ。
お前を守る唯一の手段が、お前を『私から遠ざけること』だった。
あの日、パン屋で健やかに育ったお前に再会したとき、私の選択は間違っていなかったと確信した。
しかし、結果としてお前を王家という激流に巻き込んでしまった。不甲斐ない父を許してくれ。
お前の選んだ道に、せめて神の加護があることを願っている。
だが、私たちは辺境伯領にあっても、心は常にお前と共にいることを覚えておいてほしい。
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そして二枚目、懐かしいインクの匂いがするような、力強い文字。育ての父様からの手紙だった。
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リリアーナ様へ。
突然このような形で真実を告げること、どうかお許しください。
私はあなたの本当の父親ではありません。私は辺境伯様に仕える騎士であり、命を受けてあなたを今日までお守りしてまいりました。
長年、父親だと偽り、あなたを騙し続けてきた罪は、許されるべきものではありません。
ですが、あなたと過ごしたあの小さなパン屋での日々、私を『お父さん』と呼んでくれたあの声に、私はどれほど救われたことか。
血は繋がらずとも、私の心の中では、あなたはいつまでも自慢の娘でした。
これからは王太子妃という重責を担われるとのこと。どうかお体だけは大切になさってください。
遠い辺境の空の下から、あなたの幸せを一生祈り続けております
騎士団長 ロルフ・ベルグマン
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二人の愛が詰まった言葉が、心に深く突き刺さる。
帰りたい。あの香ばしい小麦の匂いがする家へ、私を無条件で愛してくれた家族のもとへ。
けれど、視界に映る「検閲済み」の封筒こそが、私が彼らの愛から切り離され、王子の支配下にあることを無慈悲に物語っていた。
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パレードから一ヶ月が過ぎた。
王都は初夏の気配を帯び始めていたが、私の体にはそれ以上に劇的な変化が訪れていた。
朝、目が覚めた瞬間に襲いかかる、胃を掻き毟られるような不快感。
鏡を見るたびに、頬が削げ、肌が白磁のように透き通っていく。
かつてパン屋で元気に動き回っていた頃の健康的な私とは、まるで別人のようだった。
「……リリアーナ様、やはりお加減が優れないようですね」
無表情だったはずの侍女セシルが、不意に私の顔を覗き込んだ。その瞳には、今までになかった鋭い観察眼が宿っている。
彼女は私の返事を待たず、扉を開けパタパタと早足で何処かへ向かった。
「失礼いたします」
部屋に戻ってきたセシルと共に現れた老侍医は、恭しく私の手首に触れ、脈を測る。
その部屋の重苦しい沈黙を破ったのは、知らせを聞きつけて駆け込んできたギルバートだった。
「リリアーナ! どうした、容体は……」
「殿下、お騒がせいたしました。……おめでとうございます」
侍医が深々と頭を下げる。
その言葉の意味を理解するよりも早く、ギルバートの顔が歓喜に歪んだ。
「診断の結果、リリアーナ様は御子を宿しておられます。既に二ヶ月目に入っておられましょう」
「……っ!」
頭の中が真っ白になった。
お腹の中に、あの王子の血を引く命が宿っている。
それは私にとって、希望などではなかった。この豪華な牢獄に私を永遠に繋ぎ止める、重く、決して外れない最後の「鎖」だった。
ギルバートは、私の震える肩を力強く抱き寄せた。
「聞こえたかい、リリアーナ。……僕たちの子供だ。これで君は、名実ともに僕のもの……僕だけの妃になるんだ」
近くにいるはずの彼の歓喜に満ちた声が、遠くで聞こえる。
私は、絶望に暮れるはずの自分の心が、どこかで「これで、もう逃げなくていいのだ」と、残酷な安堵を感じ始めていることに気づき、戦慄した。
二人の父からの懺悔と愛。
真実を知ったとき、リリアーナが帰るべき「日常」はもうどこにも残っていませんでした。
彼女はただ一人、この手紙を抱いて王宮という孤独な海に沈んでいきます。




