12. 揺れる心
第12話をお読みいただきありがとうございます。
逃げられない檻の中で、リリアは初めてギルバートの「次期国王としての孤独」を目の当たりにします。
憎むべき支配者が見せた、闇の中の素顔。
閉ざされていた彼女の心が、わずかに波立つ瞬間をご覧ください。
「……リリアーナ。今夜の君は、いつになく素直だったね」
満足げな溜息と共に、ギルバートの逞しい腕が私の体をさらに深く、自身の胸の中へと引き寄せた。
肌と肌が密着し、ドクドクと力強く脈打つ彼の鼓動が直接伝わってくる。あれほど憎いと思っていたはずのその音が、疲弊しきった今のリリアには、唯一自分を生に繋ぎ止めるリズムのようにさえ感じられた。
「……疲れました。もう、寝かせてください」
掠れた声で答えると、ギルバートはリリアの額に優しく、けれど所有を誇示するような重い口付けを落とした。
「ああ、ゆっくり休むといい。……愛しているよ」
そう言葉を残し、名残惜しそうにベッドを離れた。
薄暗い中でガウンを羽織り、物音を立てずに部屋を出ていく。
いつものリリアなら、そのまま深い眠りに落ちるところだったが、今夜はなぜか妙に意識が冴え渡っていた。
(……こんな夜更けにどこへ行くのかしら)
ふとした好奇心に突き動かされ、絹の寝衣の上からショールを羽織ると、足音を忍ばせて彼の後を追った。
ギルバートが向かったのは、寝室から続くプライベートな書斎。
半開きになった扉の隙間から中を覗き見ると、そこには、「狂った独裁者」とは全く別の顔をしたギルバートがいた。
机の上にうず高く積まれているのは、各領地から上がってきた膨大な報告書。
ギルバートは眼鏡をかけ、鋭い眼差しで一つひとつの羊皮紙を入念に読み込んでいた。羽ペンが走る音だけが、静まり返った書斎に響いている。
「……ここか。この村の減税措置だけでは、冬を越せぬ可能性があるな。水路の補修予算をこちらに回せと指示を出さなくては」
独り言を呟きながら、ギルバートは眉間に皺を寄せて難しい数式を書き留めている。
その横顔には、力ずくで組み伏せるときのような嗜虐的な色などは微塵もなかった。
そこにあったのは、国の行く末を憂い、民の命を背負おうとする、孤独で真面目な「次期国王」の姿。
(……私に対するあの異常な態度とは、まるで別人のよう)
リリアに見せる歪んだ執念、狂気的な愛、そして人質を取ってまで自分を縛り付ける強引さ。
けれど、その裏側で彼は、下町に住む人達や、辺境の領民たちが飢えないよう、こうして夜を徹して孤独な戦いを続けている。
「……本当のあなたは、どっちなの?」
心の中に、初めて微かな困惑の火が灯った。
リリアの心を壊そうとする怪物と、国を守ろうとする賢君。その両極端な姿を同時に見てしまったとき、固く閉ざしていたはずの心の壁に、一筋の亀裂が走るのを感じた。
不意に、ペンを置いたギルバートが重い溜息をつき、椅子にもたれかかった。
疲れたように目元を覆う彼の指先は、さっきまで私の髪を愛おしげに梳いていたあの指。
その脆そうな姿を見た瞬間、胸の奥で、今まで感じたことのない疼きが走った。
それは憎しみでも恐怖でもない、……もっと残酷で、甘い「何か」だった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
執務室の静寂の中で、二人の距離がほんの少しだけ、けれど致命的に縮まった回でした。
彼の孤独を知ることは、リリアにとって救いなのか、それともさらなる絶望への入り口なのか……。
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