11. 予感
第11話をお読みいただきありがとうございます。
逃げ出すための気力も、帰るべき場所も、すべては王子の掌中で溶けていく。
華やかなパレードの裏で、リリアは完全に「向こう側」へと堕ちていきます。
婚約儀式から二週間。
リリアの世界は、あの窓のない寝室と、ギルバート王子の熱を帯びた吐息だけに塗り潰されていた。
「君の家族が明日も生きて目覚められるかどうかは、今夜の君次第だ」
そんな愛の言葉を装った脅迫と共に、彼はリリアのすべてを貪った。
抵抗する気力さえ奪うような執拗な愛撫。朝を告げる小鳥の声を聞く頃には、リリアの体は指一本動かせないほどの疲労と虚脱感に沈んでいる。そんな日々が続いていた。
そして迎えた、戦勝パレードの当日。
王城のバルコニーは、熱狂する民衆の歓声に包まれていた。
「ギルバート殿下! 万歳!」
「リリアーナ様、なんてお美しい!」
民衆は何も知らない。この美しい婚約者が、家族の命を人質に取られ、毎夜涙で枕を濡らしていることなど。
リリアは、王家の象徴である深い青のドレスを纏い、ギルバートの隣に立っていた。
重いティアラが頭を締め付け、睡眠不足のせいで視界が時折ぐらりと揺れる。
(……笑わなきゃ。私が笑わないと、お父様たちが……)
引き攣った笑みを浮かべるリリアの腰を、ギルバートが当然のように引き寄せる。衆人環視の中で、彼はリリアの耳元に唇を寄せた。
「ほら、見てごらん。君を祝う民衆の姿を。君は僕の隣で、一生崇められる存在なんだ」
その時、眼下を通り過ぎるパレードの隊列の中に、リリアは「彼ら」の姿を見つけた。
豪華な馬車の中、こちらを苦悶の表情で見上げているのは、辺境伯夫妻――実の両親だ。夫人の瞳は涙に潤み、エドワードは唇を噛み締めて拳を震わせている。
そして、その馬車を護衛する騎士団の先頭。
見間違えるはずもない。かつての古い革のエプロンではなく、磨き上げられた銀の甲冑に身を包み、辺境伯の騎士隊長として復帰した「父様」がいた。
その胸には、英雄の証である勲章が鈍く光っている。
(父様……! 無事でよかった、本当に……!)
ロルフ、一瞬だけバルコニーのリリアと目を合わせた。その右目の傷跡が痛々しく歪む。彼は娘を助け出せない己の無力さを呪うように、けれど「生きろ」と伝えるように、深く顎を引いた。
その姿を確認できただけで、リリアの緊張の糸はぷつりと切れた。
「……殿下、気分が……」
「おや、疲れてしまったかい? 頑張ったご褒美に、部屋でゆっくり休ませてあげよう」
ギルバートは倒れそうになったリリアを抱きとめると、民衆に優雅に手を振りながら、彼女を連れて奥へと引き上げた。
自室に戻る回廊。リリアの足元はもはやおぼつかない。
疲労、寝不足、そして胸の奥にこみ上げる奇妙な吐き気。
部屋の扉が閉まると同時に、リリアはベッドへ崩れ落ちた。
「……疲れただろう。さあ、今日はもうおやすみ。君が眠るまで、僕がずっと傍にいてあげるからね」
ギルバートの冷たくて甘い指先が、リリアの頬をなぞる。
遠のいていく意識の中で、リリアは自分の体の中に、自分ではない「何か」の気配が芽生え始めているような、得体の知れない予感に震えていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
重い冠と引き換えに、リリアは本当の自分を心の深淵に沈めました。
彼女にとって、この檻はもう地獄ではなく、唯一の「世界」になったのかもしれません。
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