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10. 堕ちゆく鳥

第10話をお読みいただきありがとうございます。


謁見の間での「拒絶」からわずか三日。


ギルバートは既成事実を固めるべく、異例の速さで婚約儀式の強行を決定した。

リリアに与えられたのは、王家の象徴である百合の刺繍が施された、重厚な純白のドレス。



「リリアーナ様、お支度を」



セシルの声に、リリアは弾かれたように立ち上がった。今を逃せば、一生ギルバートの所有物として刻印を押されてしまう。


彼女は隙を突き、侍女を突き飛ばして裏階段へと駆け出した。


(お父様、お母様……助けて!)



胸の奥で叫びながら、迷路のような回廊を走る。かつてパンの配達で鍛えた足は速かった。だが、ここは王宮――王子の手の平の上だ。


庭園へ続く重い扉を開けた瞬間、待ち構えていたかのような黒い影に、リリアの体は軽々と抱き上げられた。



「……追いかけっこは好きだけど、あまり僕を焦らせないで。暴れるなら、その足を折らなくてはいけなくなる」



ギルバートが、息一つ乱さずリリアの耳を噛む。




「……いやぁっ!!」



目に涙を浮かべ絶望に叫ぶリリアを、彼はそのまま祭壇の待つ聖堂へと運び込んだ。




そこは、信仰の場というより、王家の権威を誇示するための巨大な建築物。


天を突くような高い天井には、歴代の王たちが神から冠を授かる姿が色鮮やかなフレスコ画で描かれている。

四方の壁を飾るのは、数千ものガラス片を組み合わせたステンドグラス。外光が差し込むたびに、床の白い大理石には赤や青の光が滴るように落ち、静謐な空間を不気味に彩っていた。


並ぶ聖職者たちは、一様に贅を尽くした金糸の法衣を纏っている。彼らはリリアを見ても、救いの手を差し伸べるどころか、跪く彼女を「王子の所有物」として検分するような冷ややかな眼差しを向けていた。

王家の権力に屈した彼らにとって、ここで交わされる誓いは神への祈りではなく、逃げ場のない契約の儀式でしかなかった。



神官長が投げかける言葉に、リリアが唇を震わせ沈黙を守ろうとしても、ギルバートが彼女の手首を折れんばかりに握り、冷たく微笑むだけで、彼女は「はい」と答えるしかなかった。




――こうして、パン屋の娘としての自由は、法的に、そして物理的に完全に絶たれた。








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一方、リリアを救い出そうと動いていた辺境伯夫妻とパン屋の夫妻には、さらに残酷な運命が待っていた。



「……何だと? 我々に『王城での滞在』を命じるだと?」



辺境伯エドワードの怒声が客間に響く。

戦勝パレードまでの間、英雄である辺境伯を労うという名目で、彼らには王城内の一画が与えられた。


だが、そこは窓に格子が嵌められ、一歩外へ出れば銃剣を構えた衛兵が立ち塞がる、紛れもない「監獄」だった。



「辺境伯ご夫妻様、そしてそちらの騎士様と奥様も。王太子の婚約者であらせられるリリアーナ様が、『両親と共に過ごしたい』と熱望されましたゆえ。……パレードが終わるまでは、こちらでお過ごしください」



使者の言葉に、ロルフは拳を固く握りしめた。


「リリアがそんなこと言うはずがない! 王太子があの子を脅して……!」


「落ち着け、ロルフ……」


「閣下、落ち着いてなどいられますか! 目の届かないところで、あの子がどんな目に遭ってるかと思ったら……!」



二人の父は、互いの無力さに歯噛みしめるしかなかった。








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離宮に戻ったリリアは、ベッドの上に力なく横たわっていた。



そこへ、夜の帳と共にギルバートが訪れる。


彼はリリアの手首を掴み、あの日からずっと嵌められたままの金のブレスレットを愛おしげに撫でた。




「……おめでとう、僕のリリアーナ。これで君は、名実ともに僕のものだ」




リリアは返事もしない。けれど、彼が指先で首筋をなぞるたび、嫌悪感とは別に、逃れられない熱が体に刻まれていく。

王宮の甘い毒、逆らえない力、そして「家族の命」という呪い。




「嫌……離して……っ」



「嫌だなんて。……君の体は、こんなに僕を求めて震えているじゃないか」




ギルバートの腕の中で、逃げられないと悟ったリリアの抵抗は次第に弱まっていった。

ついに引き返せなくなった彼女の運命。

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