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1の7 奥州の荒獅子

 南蛮寺に逃げ込んで三ヶ月。

 五月末の盛夏には、不自由は残るものの遊佐の傷は無事に治った。

 帰国に当たって、やはり南蛮船を見ずには帰れないと、成実らは堺へと繰り出した。

 南蛮船を見るには、九州の長崎や加津佐に行けば良いのだが、遠いので、百歩譲って堺にした。

 自由都市の堺は、信長に次いで秀吉の軍門に下ったとはいえ、明や朝鮮、南蛮貿易で賑わっていた。

 秀吉は、大坂の城下町を作る際、堺の豪商たちを強制的に大坂に移住させたが、それでも商人は、大坂と堺の蔵屋敷をうまく使い分けて、たくましく商売している。

 同時に堺は鉄砲鍛治と硝石輸入の港でもある。

 成実も最新式の鉄砲には興味があった。もしかすると、伊東がバチカンで見たというスイス人傭兵の試作した、らせん溝式鉄砲(初期の前装ライフル)が手に入るかもしれない。弾丸をらせん状の溝で回転させると、直進性(ジャイロ効果)と威力が増すのだそうだ。


 堺港は人工的に作ったもので、コの字型で波よけの突堤が海に突き出ていた。

 港とはこういうものかと素直に見ていた。成実は山奥の大森城(福島市)で生まれ、米沢で育ったため、海や港というものに馴染みがなかった。石積みや係留用の杭の配置などをよくよく観察する。

「おい、あれが南蛮船じゃないのか?」

「はい、でも小型の部類です」

 入港する南蛮船を見つけて伊東に尋ねた。

 その南蛮船からは、直ぐに小船が降りて、積荷を運ぶ様子である。小船は市街地側に寄せてきた。

 成実は興味深く近付くと、褌一丁の日焼けした逞しい男衆が、積荷をどんどん陸上げし始めた。

「ほら、じゃまだ。どけ、すっとこどっこい」

 武士の成実らにも、お構いなしだ。

「無礼者が。殿に謝れ」

 萱場が、鉄砲を振り上げる。

「木偶の坊が、やるのか」

「なんだと!」

 怒った萱場が鉄砲を振るって男の背をどしんと殴った。

「この野郎!」

 海の男衆相手に大喧嘩が始まった。相手が裸なのだから、こちらも刀を抜くわけにはいかない。成実も素手で喧嘩に加わる。

「持っていろ」

 成実は皮帯を解いて、太刀と南蛮製短剣を遊佐に預けた。

「これもだ」

 萱場の鉄砲が、伊東の前に飛んで行った。

 殴り合いは気迫だ。やられても痛くないぞと強がって、相手に拳骨をお見舞いする。

 しかしまあ、海の荒くれ者は強い。成実も顔に何発か貰った。ならば、と相手のアゴをかちあげて突き飛ばす。

 また、油断した男が背中を見せたので、成実はその背に思いきり突き蹴りをした。相手は、もんどりうって吹き飛んだ。これは使える。威力もあるし、手も痛くない。

 調子に乗って別の相手に正面から突き蹴りをしたら、蹴り足を受け取られ、たまらず回転して、逆足でかかと蹴りを男の側頭部にぶちかました。捨て身の技だったが、南蛮服は意外によく動けた。

 成実は中腰に構え、戦況を窺う。萱場は仁王のように大立ち回り、牛坂は柳の枝のようにすらりと舞う。若い小姓衆も奮闘している。怪我をしている遊佐と、医師の伊東やキリシタン司祭の岐部は、喧嘩に加わらずに、遠巻きにして勝負を見守っていた。

「さあ来い。大将はどいつだ!」

「俺だ。カピタンの原田孫七郎だ」

 紺と白で波模様を染め抜いた粋な着物で、鋭い眼をした若い漢が前に出て来た。

 成実も名乗る。

「奥州浪人、伊達藤五郎成実。いざ勝負」

 低姿勢で頭からぶつかった。そのままがっちりと組み合う。

 成実は小兵ながら、毎日、刀で鍛えている。重心を低くして四股に力を込めた。

「おらっ」

 成実の押しに、原田も踏ん張る。周囲は喧嘩を止め、二人の勝負を見守る様子。

 原田が投げを打つので、成実は足を出して踏ん張る。

 今度は成実が投げを打つ。

「いけ、殿、頑張れ」

「そこだ、原田さま、勝てーっ」

 成実と原田の一挙一動に、両陣から声援が投げ掛けられた。

 勝負はもつれ、最後は、成実が足を絡めて押し倒したものの、二人は転がって海に落ち、ずぶ濡れになった。

「この勝負、お預けじゃ」

「はっはっは、お主も強いのう」

 成実は、面白い漢に出合ったと、興味が湧いてきた。

「どうだろう伊達殿、一緒に飯でも食わんか?」

「では、ご馳走してもらおう」

 海から上がり、腫れた顔を見合って笑い合ってしまった。


 成実は海上にいた。

 あの喧嘩の後で、南蛮船の原田孫七郎と意気投合してしまい、成実を奥州まで送って行くと言い出して聞かなかった。

 成実も望む所で、話には聞いていた南蛮船の構造や大砲、運航方法や船上生活など、この機会に少しでも多くの知識を得ようと、原田や水夫に質問攻めしていた。

 まず、原田の役職を指す「カピタン」とは船長のことで、原田と成実は同い年の二十四歳であった。この南蛮船の名は自由を意味する「リベルタ号」だと言う。

 船型は最新式のマニラ・ガレオンで、櫓と大砲を少なくして安定性を増すように改良した商船型である。

 伊東が小型だといったのは、ヨーロッパでは砲甲板が六層で大砲を一二〇門も搭載したガレオン船戦列艦を見ていたからだ。

 この船の帆柱は船首に斜めに突き出した一本と船上に三本。前櫓は一層、後櫓は二層、砲甲板一層と船蔵が一層ですべてだ。

 砲甲板には、大砲一〇門と予備一門を積んであり、船蔵には水と食糧、それに積荷を納めてある。

 甲板上には小船二艘を置いて、積荷や食糧の運搬や沈没時の脱出用としている。


 たくさん質問したお礼とばかりに、成実は奥州の大戦さについて語った。

 それを聞いて原田が、かつて住んでいた呂宋の惨状を話し始めた。

「元来、呂宋に住んでいた島民は、渡来したイスパニア(スペイン)人によって支配され、下男下女として、或いは牛馬の如く鞭で打たれ、犬のように鎖に繋がれて生きている。これを俺は隣国日本人として無視する事は出来ないのだ。何とかイスパニア人を倒し、島民を救いたい。その為に、金を稼ぎ、味方を増やすのだ」

 原田が、危険な海を渡って荒稼ぎする目的は、そこにあるのか。

「よし、伊達家が天下を取ったら、イスパニアを討とう」

「言っとくが、海の大将はこの原田だぞ」

 成実と原田、二人で豪快に笑った。

 強い正義感と現世欲を併せ持つ原田は、豪快陽気であった。

 一方、薬草の苗や種を持って乗船した伊東は、原田に逆らうでもなく無視するでもなく坦々と、ヨーロッパで見て来た国々の凄さ、神々しさについて述べた。

 ローマ教皇の非常に高い権威、イスパニア王の贅沢な暮らしぶり、堅固な石造りの城や美しい宮殿、天才ミケランジェロ作の彫刻と壁画、その他、音楽、衣装や食事など、珍しい話は尽きなかった。

 特にイスパニア国王の強さと豊かさは世界一で、日本など遠く及ばないと言った。

 成実は、一言も聞き漏らすまいと耳を立てて、南蛮人の強さの本質を心で探っていた。武将として、世界最強国がイスパニアならば、ぜひ勝負してみたい。

(まずは足場固めだな)

 今、若いながらも余人を越えた経験を持つ漢たちが、同じ船に乗って奥州へと向かっていた。

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ここまで読んで頂きまして、ありがとうございます。

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