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1の4 奥州の荒獅子

 年を越して、天正十九年(1591)二月十七日。

 政宗に降り懸かった大崎・葛西一揆扇動の疑いを晴らす為、政宗は入洛してきた。

 成実も遠目で見物したが、政宗は奇抜で大した役者ぶりである。

 まず、無実を訴えかける白装束で白馬に跨り、露払いは三人の大男。身の丈六尺(182センチ)を越えるその男達は、金箔押しの磔柱を担いで行進した。

 黄金の十字架は、殺せるなら殺してみよとの、秀吉への挑戦状であろう。

 政宗に続くのは、物々しい鎧武者たち。いずれも朱槍や大長刀、背丈ほどもある野太刀や長鉄砲を誇らしげに担ぎ、工夫を凝らした陣羽織で色鮮やかに飾っていた。

 そんな政宗一行の後ろには、祭りのようにはしゃいだ京童たちが笑顔で続いて、聚楽第の前までの道を幻想的な行進にしていた。

 成実は、影に徹して名乗り出なかった。情報収集にはその方が良い。そして今もまだ、秀吉をやる(殺す)機会を窺っていた。

 聚楽第は京における関白豊臣政権の中枢であり、一般政務は石田三成ら五奉行によって執り行なわれている。

 しかし、政宗謀叛の疑いは、秀吉が直々に判決して無罪としたらしい。

 さらに秀吉は、政宗に羽柴姓の下賜と侍従、越前守への推挙をしたそうだ。

 その噂を遊佐に聞かされた成実は、秀吉の人たらしが本領発揮だと応えた。


 それから三日後の朝、思わぬ客が成実を訪ねて来た。黒脛巾組首長(現場指揮官)の世瀬蔵人である。

 黒脛巾組とは、政宗直轄の忍者集団で、情報収集や流言などを広める裏組織である。

「成実殿、秀吉は今朝方、大坂に向かってござる。護衛は少人数にて、絶好の好機かと存ずる。我ら黒脛巾組は、散開して網を張っております」

「協力かたじけない。者ども、出陣じゃ」

 ビロードの南蛮帽子を捨て、成実は気合もろとも立ち上がった。

 牛坂と萱場は冷静に、炭火から火縄に火を移した。遊佐は緊張した顔で成実の指図を待っている。若い側近らも、銘々が袖に襷がけをして動きやすいようにする。

 成実らは目立たないように行動しているので、鎧も着用しないし、世話のかかる馬も無い。その点で闘いには不利であった。ここで勝つには奇襲しかない。

 黒脛巾組から次の連絡が来た。

「敵は今、壬生みぶあたり」

「よし。皆の者よいか。もし捕らえられたら浪人だと名乗れ。決して『伊達』の名を口にしてはならぬぞ。見事、秀吉を討取ったら俺が大名にしてやる。行くぞ!」

「おう!」


 成実は先頭を駆けた。京都の地理は、毎日歩き回って身に着いている。秀吉の進路は、南の鳥羽・淀方面か、桂川を渡って長岡京・大山崎方面であろう。

 一二人は懸命に駆けた。鼓動が速くなり、緊張感に手のひらが痺れる。

「いた! あれだ。赤の陣羽織」

 世瀬が、前方一町(約109メートル)を指差した。

 赤色の背中を向けて馬に乗る人物がいる。日本全国を平定した余裕なのか、それとも油断なのか、供廻りは僅かに騎馬二騎と徒数名。ゆっくりと道の両側を眺めている様子。

「背中に桐の紋あり」

 鉄砲大将の萱場は、特別に目が良い。間違いなく秀吉であった。

「よし、鉄砲用意。他は一気に斬り込むぞ。用意次第に撃ってよし」

 成実の命令に、萱場と牛坂が慎重に狙いを定めた。小姓衆が刀に手を掛け、息を詰める。

 その物々しさに町衆がざわついた時、重い音を発して二挺の鉄砲が火を噴いた。

 馬上の秀吉は、わき腹に手を当てて突っ伏した。いずれかの一発が当たったに違いない。

 秀吉の周りは大騒ぎとなった。

「いざ、斬り込め!」

 成実は太刀を素早く抜き、一気に距離を縮める。遊佐たちも一丸となって駆けた。

 二騎の騎馬が、秀吉を守るべく立ちはだかったが、成実は構わずに馬の前足を薙いだ。武士としては恥ずべき禁じ手だが、こちらには時間が無い。

 足を斬られた馬は突っ伏して敵は振り落とされ、馬の下敷きになった。

 次の騎馬も、成実に向かって斬りかかってきたが、成実は、敵の振り下ろしを弾いて流し、返す太刀で敵の太股を斜めに斬った。

「ぐわっ」

 悲鳴を上げた男の身体が地面に落ちが、構わずに成実は前進する。

 その間にも秀吉の馬は遠ざかっていく。

 成実は、右左に太刀を振り払い、徒の敵の刃を防ぎながら叫んだ。

「誰でもいい。秀吉を斬れ!」

「承知!」

 遊佐が強引に突っ込んで囲みを突破した。若い衆もそれに続いて走る。

 遊佐らを追いかけようとする敵を、成実が背中から斬り下ろす。太刀に手ごたえを残して、二人を葬った。残りは二人。

 馬に抱きついて逃げる秀吉。走る成実。

 しかし、馬の速さには叶わなかった。徐々に距離が離れてしまい、仕留める絶好の機会を逃してしまった。

 成実は残りの敵を斬り伏せ、秀吉の背中に向かって声を上げた。

「逃げるな秀吉、勝負しろ!」

 味方の銃声が二発、聞こえたのが最後で、いま一歩で取り逃がした。

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