6の4 伊達王国建国
文禄五年(1596)二月十五日。
成実は家族を伴って、乾季のアカプルコに居た。
日本の伊達政宗に武器と金銀を送ることは、成実の最重要課題であった。
大使は最も信頼出来て、成実のこれまでの歩みを語れる遊佐である。
船と各船の船長は、次の通りだ。
「毘沙門」全権大使、遊佐佐藤右衛門常高。
「リベルタ号」軍師、原田孫七郎。
「孔雀王」鉄砲大将兼家老格、牛坂右近。
積荷は、青銅製カノン砲一〇〇門、硝石八〇〇貫目(3トン)、金貨六万枚(900キロ)、銀貨六〇万枚(9トン)、砂糖一二〇〇斤(720キロ)。
これに水兵六〇名が従う。
積荷は既に積み終え、水と食糧も十分に用意させた。
長い航海も海達者の原田が居れば、心配ないだろう。
この荷が届けば、政宗なら必ず天下を取ってくれる。
たとえ秀吉が明国を半ば制していたとしても頭数(兵隊)が多いだけだ。
政宗の軍略、伊達家将兵の精鋭、そしてこの大砲と使いきれない程の硝石に軍資金。
気仙沼では軍船がふた月に一隻ずつ建造されるし、新式鉄砲も全兵に行き渡るほどの数が、既に完成しているであろう。
那坐礼では、伊東マンショが南蛮交易を続けて、領国は発展しているに違いない。
今日はいい天気だ。絶好の出航日和。
南蛮服に幅広の麦わら帽子を被った成実は、日本への使者を務める遊佐に語りかける。
「遊佐、くれぐれも頼んだぞ。政宗公の天下と伊達家の繁栄が懸かっているのだ。この大砲を無事に届けてくれ」
「はい。畏まりました」
「原田殿、約束の地、呂宋も立ち枯れとなった。此度は、遊佐をお頼みいたす」
「おう、まかせろ」
拳を挙げる孫七郎は、よく日焼けした豪快な海の漢だ。
「ゆさ、アディオス!」
お静に手を引かれた、数えで三歳になる嫡男の雷神丸も笑顔で手を振る。
「はい。雷神丸さまもお元気で」
遊佐は雷神丸の目線に屈み、優しく微笑んだ。
「お身体に気を付けて下さい。ご武運をお祈りしております」
お静が遊佐を気遣った。
「かたじけない。お静さま、殿を頼みます。もし、ヨーロッパを攻めるなどと言ったら、必ず引き止めて下され」
「はい。解かりました」
「ははっ、大丈夫だ。精々が大陸の北方探検ぐらいだろう」
「殿。某は殿に仕えて二十数年、片時も離れず付き従ってきましたが、殿は、常に強き者を求めて戦いの日々。五体満足が不思議なくらいです。また無茶をしないかと、心配で、心配で、堪りません。うっ、くっぐっ……」
「泣くな、遊佐。旅立ちに涙は禁物だ。さあ行け」
成実の眼にも涙が浮かんで来る。なごり惜しいが、遊佐を船へと追い立てた。
「では殿、行って参ります」
涙の遊佐は、大きく両腕を振った。苦しんだ右腕の古傷も大分よくなったようだ。
(よかったな遊佐)
「行って来い!」
船にするすると帆が上がる。
「雷神丸よ。よく見ておけ。あの遊佐は、この父の次に強い漢だ」
「ふーん?」
まだ幼い雷神丸には意味が分からないかもしれない。
何はともあれ餞だ。
成実は、腰から自慢の宇佐美長光を抜いて天に掲げた。
三隻は並びながら、アカプルコ港をゆっくりと出て行こうとしている。
「祝砲、放て!」
成実の号令で、並んだ大砲二〇門から、順に空砲が大きく鳴らされた。
わーっ、と一斉に旗を振る民衆。
歓声を上げて子供たちが笑顔で走り回っている。
我らは良い国を作った。
次は日本の政宗の番だ。
「遊佐よ、その積荷で秀吉の天下を覆し、そして戻って来い」
遊佐とは幼少から、いつもどんな時も一緒だった。
西の海へと小さくなっていく遊佐の乗った船を、成実はずっと見つめ続けた。
(了)
この物語は21年前に書いたものを、改編したものです。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。
「奥州の荒獅子」こと伊達成実は、新大陸で国王となりました。
右腕である遊佐が、日本の伊達政宗に武器と金銀を届けます。
このあと政宗は「天下」を取ったのでしょうか?
新大陸でも、スペインやイギリス、フランスとの戦争が心配です。
皆さまは、どうお感じになられましたか?




