5の4 侵攻作戦開始
三月、メキシコに桑折政長と女子供を残して、大西洋岸のベラクルスに進撃を開始した。
兵は、伊達家三〇〇、原田家一三〇〇。黒人部隊は八〇〇にもなっていた。
総勢二四〇〇名。先導は黒田光良。
ベラクルスは、ヌエバ・エスパーニャにおいて大西洋唯一の港であり、メキシコ湾の最西端に位置している。
この町には、九つの砦と要塞(サンファン・デ・ウルア要塞、1582年建造)があるそうだ。かつて、イスパニア人征服者コルテスが最初に支配した町でもある。
しかし実際に見てみると、日本の山城のような天険でもない。
ただの石壁で出来た島の砲台といった処であった。
メキシコで奪った沢山の大砲がある。これで重点的に砲撃させると、やがて城内から白旗が上がった。
「ほう、あっけないものだ。奴ら源氏か?」
「いえ。降伏です」
冗談も飛ぶ余裕の戦さだった。
「降伏は許さん。撫で斬りにせよ」
突入した黒人部隊は、恨みを込めてイスパニア人を斬った。
黒人部隊は、南蛮胴と左篭手のみの鎧姿で、敵の剣を左手で払い、右の刀で斬るという戦法を使った。手鎖生活で培った蹴りも非常に上手かった。
一日で片がついた。正直、恨みとは恐ろしいものだと思い知らされた。成実も気を引き締めて政をしなければならない。
ベラクルスには、家老の羽田右馬之助実景を代官に、伊達家家族七〇〇名が常駐することにした。
桑折家三〇〇人には都のメキシコを安堵した。
さらに原田左馬之助宗時には、南のグアテマラからペルー副王領までを切取り次第とした。左馬之助には、アカプルコのガレオン船八隻を与えた。
地図で広大な南米大陸を見て張り切った左馬之助は、
「成実殿、この原田一人でペルー副王とやら退治して見せよう。切り取った土地で国王と名乗るが良いのか?」
と大見得を切った。左馬之助には、それだけの実力もある。
「もちろんだ。伊達王家、原田王家の連合王国でいいだろう。だが、欲を出しすぎて早死にするなよ」
「ああ、分かっておりまする。では」
左馬之助は、勇ましく去っていった。
成実はベラクルスで造船に着手した。金銀は余るほどある。
カリブ海には、イスパニア領のキューバ島とイスパニョーラ島などがある。
成実は、キューバ島を萱場源兵衛に、イスパニョーラ島を黒田光良にやると公言した。
萱場は、造船に張り切った。
光良は黒人部隊の増強に力を入れ、参加した黒人奴隷は一〇〇〇の大台になった。
ここは亜熱帯の常夏の国である。海に面しているので海風は比較的涼しい。
やはりここでも稲作を実施した。
現地民は、トルティージャというコーン(とうもろこし)の生地を焼いたものにこだわる。
成実も異国の食事にも慣れた。唐辛子や香辛料の利いた肉料理も美味い。郷に入っては郷に従え、である。
年内は、稲作と造船で終わりそうである。
季節がないというのも生活にメリハリがないものだ。
しかし、風流が全く無いかと言えば、そうでもない。澄んだ青い空に浮かぶ白い雲、海風は涼しく、海はそこはかとなく透明で白波は陽光に輝いている。様々な野鳥がさえずり、美しい花と緑に囲まれている。
怖いのは毒蚊である。刺されると熱病になる。
この毒蚊への防虫には、かつて伊東マンショのくれた除虫菊(クロアチア原産)が役立った。各家に除虫菊を植え、これを夜の虫避けに焚いた。
六月三日には、成実待望の男子が生まれた。
母子ともに健康。幼名を雷神丸、通称を自分と同じ藤五郎とした。
成実は息子の誕生に嬉しさ余って、狂ったように浜を走り廻った。




